8-35.頭上を矢が飛ぶ
「キア。敵はどんなの?」
「数は三十人くらい。鎧を着た、ちゃんとした兵隊だ。馬に乗ってる奴もいた」
「騎兵は何人?」
「五人くらいいた」
「指揮官がどんな人かわかる?」
「よくわからないけど、目立つ鎧を着た女がいた」
「女騎士かな」
そういうのもいるのだろう。
柵で通れなくなった道を避けて、横の急斜面を走る。敵の侵攻を阻害するために、斜面にまで杭は打ち込まれていて、足場が悪いのもあって進みにくい。
「ごめんなさいヨナ様、わたしの作業が遅れたから」
「気にしないで。敵襲があること自体想定外だったんだから」
そう。本隊に戻るまでの道が塞がれているのは、僕たちが杭一本打つのに時間がかかったから。
それでも大した距離ではないから、ティナが気に病む必要はないのだけど。
短く報告したキアは、木に登って先行する。本隊に敵襲を伝えるためだ。僕たちも早く合流しないと。
「はあ、はあ……」
「ガラン、平気?」
「う、うん。なんでだろ。震えが止まらない」
一緒に逃げるガランの息が荒いのは、疲れからじゃない。
逃げてきた戦争が、すぐ近くに迫る恐怖からだ。
「大丈夫。僕が守るから」
「お兄ちゃんが?」
「僕は強いんだよ。知ってるよね?」
「うん!」
少しだけ笑顔になったガラン。
本隊の様子が見えてきた。彼らとの間に柵は無く、あとは走れば合流できるのだけど。
「伏せて!」
ゾーラの声に、僕はティナとガランの腕を掴んで強引に引っ張った。柵を背後にしてしゃがむ。
頭上を矢が飛ぶ。帝国兵がいる方向から飛んできたそれは、僕たちと本隊の間の地面に刺さった。
振り返れば、柵の向こうに敵部隊の姿があった。
こちらの本隊の方も、まだ設置していなかった柵や荷車を盾にして、矢を曲射で放って反撃。僕の頭上を越えて帝国兵へ矢が向かっていく。
帝国兵の方が弓の数は多そうだ。けれどこちらは盾となるものがあるために、向こうの弓でやられることはない。
中間地点で立ち往生している僕たちを除いて。
「ううっ……」
地面にうずくまって頭を両手で抱えているガラン。恐怖のあまりすすり泣く声が聞こえる。
上を見て、こっちに矢が落ちてこないか警戒する。曲射だし数は少ない。せいぜい十数本だ。だから避ける余裕はある。
やがて敵の矢が止まった。このままでは埒が明かないと見たのか。振り返れば、鎧を着た兵士たちが柵を倒して前進していた。せっかく立てたのにもったいない。大柄な兵士が何人かで押せば、柵がメキメキと音を立てて倒れた。
杭も避けて進んでいるから、奴らの進行はゆっくりだ。
その間、友軍は帝国軍に矢を放ち続ける。敵の何人かが鉄製の盾を上に掲げて防いでいるから、向こうも被害は無さそう。
「今のうちに、ティナはガランを本隊に連れて行って」
「難しいです。動こうとしません」
「完全に怖がってるか」
僕より年下の子供とはいえ、全く動かずうずくまる子供を持ち上げて運ぶ程の腕力はティナにはない。
ふたりがかりなら可能かもしれないけど。
「ヨナ様はどうするのですか?」
「敵を迎え撃つ。ティナ、その木槌をちょうだい」
「はい」
杭打ち用の、木製のハンマー。柄が僕の背よりも高く、先端に重い木の塊がついているそれを、ティナは地面に置いた。
柄を持てば体が熱くなる感覚。そして重い先端が自重で地面を切り裂き沈み込んでいく。腕に力を入れてそれを止め、持ち上げる。
背後を見れば、すぐ近くまで敵が迫っていた。柵を隔てた僕たちに気づいているのかな。数人の力自慢っぽい男が接近して。
僕は立ち上がって彼らに向けて聖剣を振る。柵や彼らが纏っている鎧ごと、兵士の体を両断した。
ふたりの兵士の胸から上がすっぱりと切り裂かれて、地面に落ちて音を立てる。ひとつは道から外れて斜面を転がり落ちていった。断面から血が噴き出して僕たちに浴びせられる。
男たちの背後にいた他の帝国兵たちは、何が起こったのかわからなかっただろう。死んだ兵士の胸から下が力なく倒れて僕の姿が現れると、木槌を持った子供の姿に一瞬意外そうな顔をした。
その隙に僕は駆ける。先頭にいた騎兵の馬に聖剣を振って首を切り落とした。死んだ馬が崩れ落ちて、乗ってた人間も落馬。落ちる途中でハンマーがあたって、彼もまた首を落とされた。
「敵だ! 殺せ! 子供だからって油断するな!」
女の声がした。周りと比べていくらか派手な意匠の鎧を着ていた彼女が、どうやら指揮官らしい。その言葉に兵士たちは声を上げて、武器を抜いて僕に襲いかかる。
僕はといえば、巨大な木槌を持って一回転。範囲の広い回転斬りで、斬りかかってきた敵を数人一掃する。
全員を殺せたわけではない。咄嗟に身を引いて助かった兵が、槍を突いてくる。木槌よりもリーチがあるそれが、派手な攻撃をした直後で隙が大きい僕にまっすぐ突っ込んできて。
華麗な回避なんて出来ず、地面に転がるように避ける。木槌の先端は重さで地面の中に沈み込んでいった。
すぐさま反撃しようとしたけど、敵の方が先に追撃にかかった。やむなく、重くて動かしにくい木槌を手放して転がるように敵と距離を取る。木槌は柄を斜め上に伸ばしたまま地面に埋まっている。
さっきの槍兵含めて何人もの敵が僕に殺到した。
けれど。
「うわっ!?」
「なんだこれは!?」
僕と敵とを隔てるように闇で作られた真っ黒なカーテンが垂れ下がる。かなり集中力を使いそうな大きさだから、あまり長い間は維持できない。それでも、僕が立ち上がる隙は出来た。
さらに。
「かかれー! 帝国兵どもに思い知らせてやれ! 俺たちに喧嘩を売ればどうなるかをな!」
王国兵たちが武器を抜いて駆け出した。同行していた冒険者も加勢している。民間人たちは、うずくまっていたガランを立たせて後方に連れて行っていた。
ガランも命の危機は遠ざかって落ち着きを取り戻したのか、僕に目を向けていた。
少しだけ、恐れの色がある気がするのはなぜだろう。彼もまた、さっき僕が殺した兵士の血で服が汚れていた。




