8-34.エルマの人望
駐留所となっている村を歩く。
「エルマ様」
「将軍。戻っていましたか」
「総攻撃はいつですか」
彼女に多くの兵が気づいて声をかける。下級士官も部隊長も一兵卒も関係なしだ。
「すまない。留守の間、変わりはなかったか? 大変だったと聞いている。苦労をかけたな」
兵士の肩に手を置いて語りかける。
「やあ。細君は元気か。国に戻ったらまた会いたいな。君は……そういえば、子がそろそろ生まれると聞いた。おめでとう。戦争が終わったらパパだな。……やあ、ヒンナから聞いたよ。奇襲を受けた仲間を守るために、危険を顧みずに反撃して追い払ったって。帝国兵の鑑だ。わたしも誇りに思う」
兵士に声をかけて、知っている者は寄り添うような言葉をかける。
彼らはみな、感極まった顔を見せた。この人ならばついていける。そんな顔だ。
「みんな聞いてほしい! この戦争は勝てる! たしかに敵は強い。地の利も向こうにある。しかし、それがなんだというんだ。我らは偉大なる皇帝陛下の命令で戦いに出た! 陛下のご威光の前に、山城などなんの意味があろうか! もう一度言う! この戦争は勝てる! 国に帰って、家族たちに誇れる結果に終わると、わたしは確信している! 諸君ひとりひとりの力があれば、間違いなく勝てる!」
兵士たちへの声掛けから、それはやがて演説へと変わった。
陣地に置かれていた木箱の上に乗って行ったそれは、兵士たちの士気を多少なりとも向上させたはずだ。
となれば、次は。
「戦果がほしい」
村長の家に戻ったエルマは、ヒンナに話しかけた。
「戦果ですか?」
「ああ。今の演説で多少は士気も戻っただろう。しかし一時的なものだ。言葉で人は変えられない」
「感動的な演説でしたが」
「ああ。それはそうだろう。みんな故郷の家族にも会いたくなったことだろう。ヒンナも早く会いたくなったんじゃないか? 愛しの彼に。そのネックレス、似合っているぞ」
「エルマっ! あ、いえ。失礼しました」
からかうように言うエルマに、ヒンナは赤面しながら首元を隠し、はっとした顔になって慌てて表情と姿勢を戻した。
彼女の首元に光っているのは、占領下のロプロースで手に入れたもの。地元の商人にきちんと対価を渡して買ったものだが、手に入れた時のはしゃぎようは幼い乙女のようだった。
帝国で待つ婚約者が似合うと言ってくれるのを楽しみにして、今からつけている程だ。
「たしかに彼を思い出しました。みな、国に早く帰るために全力を尽くすでしょう。それで十分では?」
「いいや。目に見える戦果がなければ、兵の士気は上がらない。自分たちのやっていることは無駄ではないと見せたいんだ」
「具体的には?」
「敵を攻撃して捕虜をとりたい」
「できますか?」
「……」
にやりと笑ってヒンナを見る。見られた側は大きなため息をついた。
「狙えそうな敵はいます」
「さすがだ。わたしが不在の間も探していたんだな」
ヒンナは優秀だ。嫁に取れる男は幸せ者だな。だがエルマ将軍の副官という地位まで変えることを許すつもりはない。
結婚なんかで手放すのは惜しい人材だ。
「はい。報告するべきか悩ましいのですけれど」
「ほう?」
「ボンドルの周りには小さい村や集落がいくつもあります」
「ここのようにな」
「はい。それらを繋ぐ細い山道を我らが進軍するのを警戒しているのでしょう。小規模な部隊が防御機構を設置する動きがあります」
「なるほど工兵たちか。それらを攻撃して向こうに損害を出し、捕虜を取れば目に見える戦果が出るな。兵の士気も上がる」
「ですね。工兵ならそうなのですが」
「問題が?」
ヒンナが、報告を悩んでいた理由がそれか。
「民間人を徴用して作業をしています。中には女性や子供の姿もいます」
「そうか……」
正規兵はみんな防備や反抗作戦の準備に忙しいのか。だから市民を前線の近くに持っていく。
向こうも追い詰められている。そして今わたしは、市民を襲う作戦を考えた。
「聞きましたよ。ヴィルドーゾ殿下は戦闘でも女性の捕虜を積極的に取るように言っているようですね」
「ああ。ボンドルにライディアル王国の王子がいるらしいから手加減して攻撃しろなんてふざけた命令よりも、殿下はそっちの方にご執心だ」
「良いのでは? たとえ市民でも、女を捕虜にすればみんな喜びます」
「皮肉はよせ」
たしかに士気は上がるしヴィルドーゾに献上すれば喜ばれる。
ヒンナがそれを良いと思っていないことは、エルマにはよくわかっていた。
それでも。
「必要なのだろうな。我が軍のために」
「はい」
「だから嫌なんだ。この戦争は」
「同感です」
「国のために前線に近づく市民を襲う? ふざけている。そんなことのために、わたしは軍に入ったのではない」
「わたしも同じ意見です」
「それでも必要ならばせめて、わたし自身の手で行う。手を汚すのはわたしだけでいい」
「つれないこと言わないでください。わたしもお供しますよ」
最後は否定。でも寄り添ってくれるのは同じ。
良い副官を持ったわたしは幸せ者だな。
「攻撃地点を教えてくれ。それから精鋭三十人を集めろ。明日、早速攻撃にかかりたい」
「はい。ルートのうち、こことここは既に大量の柵と杭が打ち込まれていました。残るここは、明日にでも同じ作業が行われると思われます」
「かなり険しい道だな」
「はい。なので正規の行軍で歩かせるのは困難かと。せいぜい、少数の部隊を向かわせて横から街を攻撃するくらいしかできず、我々も道の存在は知りつつも放置していました」
「だがここに敵が来るなら、排除しなければならない」
地図を見ながら考える。こんな道ならば、敵も大規模な部隊を展開できない。しかも工作部隊は素人だ。勝つのは容易だろう。
そしてこのルートに帝国軍が出たとなれば、必然的に王国もこちらに兵力を割かねばならなくなる。今後の戦局的にも有利に働く。
膠着状態だった戦局が動く予感がした。




