8-33.防御機構作り
その言葉に嘘はない。
今歩いているのは、崖沿いの道みたいなものだった。正確には崖というより山の急斜面と言うべき。斜面の途中にある僅かに傾斜が緩やかな所を切り開いて道にしたもの。左を見れば木々が鬱蒼と茂る森の登り斜面。右は同じく下り斜面。いずれも斜めの地面から木が生えて、途中で曲がって上を目指していた。
この斜面から落ちれば、どれくらい転がり落ちるかな。
馬車が通るだけの幅はある。けど、油断して道を踏み外せば落ちる。
ティナが眠りながらも、僕の体を抱きしめていることを確認してから、慎重に進んだ。
「もふもふ。ゆっくりだからね。急がないでいいから。ちゃんと周りを見て。前の馬の尻ばっかり見ないで」
僕の言うことをちゃんと聞いているのか不安ではあったけど、なんとか転落はしなかった。
途中小さな集落を通り過ぎた後、細い道の中の少しだけ広い場所に到着する。小さな小屋があった。普段は旅人の休憩場所として使われるらしい。
今は兵士の駐留場所だ。ここに十人ほどの兵士が駐留して、このルートでボンドルへ向かう帝国の兵がいれば阻止する。
敵が来れば、ひとりが街に知らせに走り、残りが全力で迎撃するわけだ。
少数で拠点を守ることが可能になる、あるいは攻めること自体が無茶だと思わせる程の杭と柵を立てるのが仕事だ。これで、ボンドルはこの道の警戒に割く手間を減らせる。
「じゃあ始めようか。ティナ、起きて」
「ふぇ……あっ! 申し訳ございませんヨナ様! 居眠りしてしまいました!」
「うん。気持ちよさそうに寝てたね」
「あうぅ……お恥ずかしいです。本当に、ごめんなさい……」
「いいんだ。ティナが頑張ってるのは知っているから。疲れているなら休んでていいけど」
「いえ! 頑張ります! 皆さんが働いてるのに、ひとりだけ休むなんて出来ません!」
「わかった。無理はしないでね」
作業の指揮を取るのは、兵の隊長だ。
やることは簡単で、荷車から既に用意されている柵や杭を運んで地面に打ち付ける。
拠点となる小屋から遠い場所、帝国軍が陣を敷いている方向から設置していき、ボンドル方面に後退していく。
道を完全に塞ぐ形にして、通行できなくする。正確には左側の山の斜面を回りこめば通れるのだけど、行軍でそれをするのは困難だ。だからこのルートは使えなくなる。
ボンドルへ向かうための道はここ以外にも複数あり、その全て似た作業が行われているのだろう。
「さあ、さっさと終わらせるわよー」
ゾーラが木にもたれかかりながら、杖を荷車の方に向けていた。地面から生えた蔓が杭に絡みついて外に取り出していく。
「それ、逆に疲れない? 魔法を使うにも集中力がいるんだよね?」
「まあね。精神は疲れるわ。でも肉体はそんなに疲れない」
そういうものか。
杭は一本一本が重い。木材が豊富な地域だから、大量に用意できた。
これを地面に打ち込むのが重労働だ。
「ぐぬぬ……地面が堅いです!」
僕とガランとで杭を支えている間に、ティナが自分の身長ほどある木槌で打ちつけようとしている。が、うまくいかない。
人通りの少ない道とはいえ、何度も踏み固められていた地面だ。そもそも山として地盤が堅いのだろう。先端が尖った杭はなかなか刺さらなかった。
「ヨナ様がやった方がいいかもしれません。腕力ありますから」
「僕は背が低いからね」
杭も木槌も僕より大きい。体格的に無理だ。
周りを見ても作業は難航していた、柵の場合は地面にスコップで穴を掘って先端を埋めて設置するのだけど、それも難航しているようだ。
「仕方ないよ。地道にやるしかない」
「わかっているのですけど」
周りを見れば、腕力のある兵士や大人の難民たちは、苦労しつつも作業を進めていた。ティナよりも早い。
元々の力の差だから仕方ない。こっちも、全然進んでいないわけじゃないから、やってることは無駄じゃない。
なんとなく、自分たちの後方にも杭が打たれていくのを見れば、ティナが焦る気持ちも理解はできる。
「焦らずやろう」
「はい。でも……いえ、頑張ります」
ここに来るまで居眠りちゃった負い目もあるんだろうな。誰も気にしてないのに。ティナが誰よりも頑張ってるのは知っているのに。
とりあえず、この杭を打つことに全力を注ごう。そう考えていたところ。
「なあ。敵が来たぞ」
森の斜面を可能な限り音を立てずに駆けてきたらしいキアが声をかけた。
なんでいつもみたいに、木の上から話さないんだ?
それだけ接近されているからだ。この道の先にいる敵の行軍を視認した後は、木から木に飛び映れば枝葉が揺れて向こうにも存在を気づかれる。だから歩いた。
「本隊に知らせて。僕たちもすぐに下がろう」
どうする? ここで迎え討てる敵なのか?
――――
首都でのヴィルドーゾたちとの無意味な会談を経て、エルマは戦場に戻った。
状況は良くなっているとは言えない。
「そうか。奇襲は今も続いているのか」
「はい。こちらに一方的に被害が出るだけです。兵の士気も下がっています」
「それは、わたしがなんとかしなければな」
座ってヒンナの報告を受けたエルマはため息をついた。
ここは、ラロシエリ領にある小さな村だ。エルマの軍はここを拠点にしている。住民の意思に反した接収だが、村人たちには丁寧に接するようにと兵には言い聞かせている。
村長の家が、エルマが今いる作戦本部だ。
この村と、隣にある同規模の村にも後詰めの兵士を集めているところだ。
首都まで行って戻る間の数日の間に、かなりの兵士を移動させることに成功した。しかしその間も、敵も陣を整えて迎撃体勢を強化している。奇襲はこちらの戦力を確実に削いでいる。
時間はこちらの味方ではない。
集まった兵を一斉に敵の陣に突っ込めば、きっと落とせるだろう。けれど今の士気では難しい。
兵の気持ちをひとつにしないと。




