8-32.イレイナを前向きに
ふたりで部屋に戻りながら、またお喋り。
「イレイナ。どうだった?」
「なんだか迫力がありました。それに強そうで、格好いいです」
「そうよね! 軍隊の迫力って、英雄ことは違うのよね! どっちも素敵だと思うわ」
「……アンリさん」
「ええ」
「あの時、わたしを助けるために迷いなく矢を放ったアンリさんが、輝いて見えました」
「そ、そう? 英雄みたいに?」
「はい。アンリさんはあの時、まさに英雄でした」
「えへへ……」
そうあるべしと戦ってきた。でも、面と向かって英雄と呼ばれるのは、くすぐったかった。
「わたしを守れるのはアンリさんだけ。そう思ってしまいました。だから離れたくなかった。でもそれは間違っているんですよね。アンリさんはヨナウス殿下と共にいるべきで」
「それもそうなのよね。イレイナのことも守るつもりだけど」
「兵士の皆さんも、アンリさんに負けないくらい格好良くて。皆さんに守られるのもいいかなと思いました」
「ふふっ」
なんだか、思った通りにイレイナが前向きになった気がする。
「じゃあ、イレイナもお姫様らしい振る舞いをしましょうか」
「え?」
「言ったでしょう? 兵士に号令を出すのはイレイナだって。今夜も会議があるでしょうし、その時もイレイナはみんなに話さなきゃいけないのよ。昨日みたいにわたしが言うのは、今日からは駄目」
「えっ。でも」
「さっきは出来たじゃない。同じことをすればいいのよ!」
「た、たしかに。なんか思わず声が出て。ええっと、貴族の皆さん、本日もありがとうございます。そのようにお願いします……とか?」
「いいわね! 大きな前進よ! 自分の意見がある時は?」
「そ、そんなの無いですよ! でも、やってみないと。……皆さんのご意見、もっともだと思います。付け加えるなら、ええっと。アンリさんが活躍する場があれば、もっといいと思います!」
「いいわね! その調子!」
「ほ、本当にこんなのでいいのでしょうか?」
「言ってみることが大事なのよ。わたしが活躍するって、例えばどんな?」
「わ、わたしの近衛騎士であるところのアンリさんには、是非首都奪還の時も頑張って欲しいな! 欲しいと思います!」
「そうね! わたしも戦いたい!」
いい感じだ。思った通りにイレイナは変わっている。
部屋に戻った後もそれは続いて。
「じゃあ次は、兵士を前に演説する練習をしましょう! ほら、ベッドの上に立って」
「でもそれ、行儀が悪い」
「いいのよ誰も見てないわ! 兵士はね、強いの。だから呼びかけるには、行儀の悪い仕草も必要なのよ!」
「そ、そうなんですか。じゃあ……なんか、いけないことしてる気分」
イレイナはお姫様だから、こんなことしちゃいけないって躾けられてきたんだろう。
でも関係ない。ベッドの上に飛び乗り、そして足を少し開いて堂々とした立ち姿を見せる。
「腕を組むか、握って腰に当てるといいわ! その方が強そう!」
「は、はい! こうですか?」
「ええ! そして強そうな顔を作って語りかけるの。言葉も勇ましくね!」
「強そうな顔!? ええっと、睨みつけるみたいな感じで?」
こんな可憐な女の子が睨みつけても怖くない。かわいいだけ。
こういうのは経験が大事なのよね。
「今はそんな感じでいいと思うわ。そして勇ましい事を言う! さっきみたいにね!」
「ええっと! 皆さん! 頑張ってください!」
「もっと力強いことを!」
「て、敵を倒してください!」
「過激に!」
「帝国兵を全員ぶっ殺してください!」
「いいわね! その調子よ!」
「首都はわたしたちのものです! 帝国なんかにはあげません! あいつら皆殺しです! な、なんかこう、生まれてきたことを後悔させてやれ!」
お姫様にふさわしくない言葉がポンポン出てくる。
実際に派兵の演説に相応しい言葉かは、アンリにもよくわかっていない。
まあ、そういうのは貴族たちが文面を考えてくれる。だから今は気持ちを盛り上げるのが大事だ。
うん。うまくいっている。ベッドの上で飛び跳ねんばかりに声を上げるイレイナは、昨日までのお淑やかな姫様とは違っていた。
――――
もふもふは淡々と荷車を運んでいる。僕とティナを背中に乗せている上に、山道は歩きにくい。
しかも向かう先は、特に歩きにくいために使われにくいルートだ。実際、道はどんどん険しくなっていく。
大きな馬とはいえ、重労働だろう。もふもふが疲れていないか確認を怠らないつもりなのだけど、今のところ心配なさそうだった。
もふもふは、少し前を行く馬がチラチラ振り返るのに反応していた。
あれ牝馬だな。
心配しなきゃいけないのは、そっちの方か。元気なのはいいんだけどね。
アンリが離れてる今、僕の言うことを聞いてくれるかは怪しい。本気で牝馬とそういうことを始めなきゃいいけど。
「ティナ。見て。もふもふが……ティナ?」
「すう……すう……」
僕に体重を預けているティナの、微かな寝息が聞こえた。
やっぱり早起きして、寝不足だったんだな。
もふもふの揺れが心地よいのかな。
起こしちゃまずいよね。それに、僕の背中に寄りかかってくれるのが嬉しかった。
「おーい。ここから、かなり慎重に歩かなきゃいけないからな。気を抜くなよ」
先行していたキアが戻ってきた。




