8-31.頼れる兵士たち
城の一角にゾーラとキアがいた。兵士や民間から雇われた作業者の姿も。山道に防護柵を立てる仲間たちだ。
民間人は市民というより難民が多い。元からこの街で土木工事に従事している者はともかく、それ以外の市民はそれぞれの生業がある。こういう仕事に行けるのは、職がない難民だ。これは雇用の創出の意味もあるんだな。
戦争から逃げた人間を前線近くまで送り出すのも皮肉な話だ。
そんな民間人の中に。
「お兄ちゃん!」
ガランがいた。巨大な馬に乗った僕に、驚きと称賛の目の向けている。
「どうしてここに」
「俺も作業に行くことになった!」
「そっか。でも危険かもしれないよ?」
見れば作業者の中には数人、子供の姿もあった。僕と同い年くらいの男の子。さすがにガランが最年少っぽいけれど。
ガランと同じ境遇の少年が大勢いるのだろう。父親だけ残して、家族が首都を脱出した結果、男の子が一家を支えなきゃいけなくなる。
「大丈夫だよ! なにかあってもお兄ちゃんが守ってくれるでしょ?」
「それは頑張るけどさ」
別に最前線に行くわけじゃない。敵が通らないであろうルートだ。戦場に比べればずっと安全。だから問題はないだろう。
子供が働いていることがショックだった。でもそれは、僕が言えたことじゃないな。
「行こう。できるだけ早く作業を終わらせて、さっさと帰ろう。ガランもお母さんと一緒にいたいよね?」
「うん!」
笑顔を見せるガラン。
もふもふに資材を乗せた荷車を繋いで、僕たちは城門から外に出た。
――――
ヨナたちが城から出ていくのを、アンリは窓から見ていた。
今日の仕事は、決して派手な活躍をするものじゃない。土木工事みたいなものだ。でも、そういう仕事も率先してやれるのは英雄っぽいし、アンリはやりたかった。もふもふも一緒に行ってるし。
この現状を打破しないと。昨日ヨナと話したみたいに。
「ねえイレイナ。ちょっとお城を歩かない?」
「どうして、ですか?」
一日中ベッドに寝転んでいるか座っているだけのイレイナ。悲しい出来事を思い出しては泣いている。今は仕方ないのかもしれないけど、ずっとこうなのは本人にも良くない。
「気晴らしって言うのかしら。引きこもってばかりは体に良くないわ。それに、わたしも運動不足だし。じっとしてばかりだと、いざという時にイレイナを守れないわ」
「でも」
「わたし、このお城を探検したいの。大丈夫よ。お城の中ならわたしがいなくてもイレイナは安全よ。だからひとりでも行くわね」
「ま、待って……」
強引に部屋から出たアンリと、慌てて追いかけるイレイナ。彼女が追いついたのは、部屋の外側だった。手をぎゅっと握って引き止めようとする。
「ふふっ。会議とかの用事以外で、初めて部屋から出られたわね」
「ねえ。戻ろう? 怖いです……」
「そんなことないわ。周りを見て。敵なんかいない。敵は城壁の外にしかいなくて、イレイナは安全。敵が襲ってきても、兵士が守ってくれるしね! その様子を見に行きましょう」
「あっ……」
アンリが歩けば、イレイナに引き止めるだけの力はない。同い年だけど、鍛え方が違うんだ。こっちは英雄だしね。
城の使用人とすれ違えば、みんな驚いた顔をしながらも挨拶をした。イレイナは遠慮したように頷くだけ。
人見知りしてるのかな。よく知らない人ばかりだものね。
「こんにちは! 兵士の皆さんとお話したいわ! イレイナを守る意気込みとか聞きたくて! どこに行けばいいかしら!」
アンリは持ち前の物怖じの無さを発揮する。人と友達になるのって簡単なのよ。使用人がすぐに、軍の偉い人への面会を取り付けてくれた。
「あのね。イレイナに兵士の格好いいところを見せたいのよ。帝国に反撃する時は、イレイナが号令をかけるでしょう? その時、ちゃんと信頼できる兵士たちだって知っておかないと格好がつかないものね」
応接室で対面した、騎士の中でも立場のあるおじさんに話せば、彼はしっかり頷いてくれた。そして訓練中の兵士たちを見せてくれることに。
石畳の中庭に数十人の兵士たちが集められて、整列した。
「お前たちの姿を姫様が視察に来られたぞ。みっともないところを見せるな」
「はい!」
「お前たちの使命はなんだ!?」
「帝国を倒し祖国を守ることです!」
「ようし! 構え!」
兵士たちが槍を構えて、一斉に振る。
あちこちの街から集められた彼らの装備はバラバラ。市民からの志願兵なんか、街の防具屋から調達した安い革製の鎧だ。
それでも槍を振る動作は完璧に揃っていた。敵を前にして、息を合わせて突く。敵の陣形を崩して切り込む動きだ。
短時間なのによく訓練されている。もちろん、イレイナに見せる用に優秀なのを連れてきたのだろうけど、訓練の成果は明らかだ。
「どう、イレイナ」
「ええっと。強そう、です」
「でしょう? いざとなったらイレイナを守ってくれるわ。頼りになるでしょう?」
「はい。ちょっと怖いですけど」
「イレイナには優しいから安心して。敵を怖がらせるためだから。ねえみんな聞いて! イレイナはみんなが強そうなのを、嬉しいと思ってるわ!」
アンリから言われた兵士たちは構えを解いて、笑みを見せた。
「ありがとうございます! 姫様!」
「姫様のいるべき首都を取り返すため、全力を尽くします!」
「囚われている国王陛下と女王陛下も救い出します!」
「あ……」
兵士たちに当然の意気込みを言われたイレイナは、はっとした顔になった。
悲しみが大きすぎて、そもそもの戦いの意味を忘れていたようだ。
何よりの願いを。
「あの。み、みなさん」
思わず声を上げてしまったイレイナを、兵士たちが一斉に見る。一糸乱れぬ動きにイレイナは一瞬たじろいだけど、向けられる視線の優しさに持ち直した。
「皆さんの献身、本当に嬉しく思っています。あの。ええっと。皆さんがいる限り、この国は安泰です。負けることはないでしょう。……ごめんなさい。父の真似でこんなことしか言えなくて」
「イレイナ姫に敬礼!」
弱気な言葉だが、今はそれで十分。騎士の号令に、兵士が一斉に敬礼した。
イレイナの表情も、少し明るくなった気がした。




