8-30.アンリの不満
アンリ自身はこの仕事を不本意に思っていて。
「ヨナー!」
会議が終われば、いつになく弱気な顔で駆け寄った。
「みんなずるいわ! わたしも街の悪者倒したかった!」
「アンリには大事な仕事があったんでしょ?」
「仕事なんかしてないわ。静かな王女様と一緒にいただけ! こんなの英雄の仕事じゃない!」
確かに今日の僕の戦いは、アンリにとっては憧れで格好いいものに聞こえただろうな。
「明日は街の外に出るんでしょ? ずるい! わたしも行きたい!」
普段よりわがままを言うアンリは、本気で困ってそうで。
「イレイナと過ごすの退屈なのよ。あんまりお喋りしてくれないし。退屈だから、わたしから話してみたわ。英雄アンリーシャのこととか、これまでの冒険のこととか」
「興味を持ってくれていた?」
「いいえ。あんまり」
「そういうのが好きじゃないお姫様もいるよね」
「イレイナは何が好きなのかしら」
「綺麗なドレスやアクセサリー。花とか蝶とか」
「つまらないわ」
「そう言わずに」
「……今日の戦い、もう少し教えてくれる?」
「いいよ。そうだ、一緒にもふもふに会いに行こう。明日は力仕事になりそうだから、もふもふにも来てほしくて。でも僕の指示には従わなさそうだから」
「わたしが言うこと聞きなさいって言えばいいのね! ええ! 行きましょう!」
アンリは本当にイレイナの部屋で一緒に過ごすだけの一日なんだな。
「イレイナ! 先に戻ってて!」
「あ……」
少し離れた場所でアンリの会話が済むのを待っていたイレイナは、そう言われて困った顔をした。侍女がイレイナを連れて部屋まで行くけど、彼女はアンリの方を何度も振り返る。
アンリの方はイレイナを見もせずに、僕の手を握って馬小屋の方へ向かった。
さっきの戦いを話せば、アンリは目を輝かせていた。元気そうにしてるもふもふを見れば、笑顔になった。
「ふふっ。もふもふ。ヨナってばすこいのよ! ちゃんと街の平和を守ってるんだから! あのね、明日は街の外に出て、みんなを守る仕事をするのよ。力仕事になるから、もふもふにもついてきてほしいの。わたしは行けないけど、ヨナの言うことをちゃんと聞いてね!」
毛並みを撫でながら話せば、もふもふは僕を見て、少しだけ頷いた。
「はー。いいなぁ。わたしも外に出たい」
「僕も今日は、アンリの力が欲しいなって思うことがあった」
「そうよね! わたしは必要よね! なのにイレイナが離してくれないのよ」
「大事な仕事なんだけどね」
「わかってるわ。でも退屈。どうすればいいのかしら」
「イレイナを変えなきゃね」
元から大人しい性格の子なのだと思う。それが、戦争に叩き込まれ、兄や姉の死を目の当たりにして塞ぎ込んだ。
当然だ。立ち直るのは容易じゃない。この国のためにも頼れる姫になってほしいけれど、それには時間がかかる。わかっている。
それでも、ずっとこのままじゃいけない。
「イレイナの気持ちを変えよう。この戦争は勝てるし、平和は戻る。敵が襲ってきても、兵士が守ってくれると見せるんだ。そうしたら前向きになるはず」
「明るくなって、わたしがいなくても安心って思ってくれる?」
「なるかもね。日中にアンリが僕たちと一緒に仕事をするのは許してくれるかも。夜はイレイナの部屋に戻ることになるけど」
「いいわ! それって最高じゃない!」
街のために仕事をしつつ、姫の護衛も務める。アンリの考える英雄像にぴったりなのだろう。
「よし! 早速侍女にお願いしてみるわ! 明日、兵士が訓練しているところを見学したいって。それにイレイナの方も説得しないとね! あの子部屋から出ようとしないもの! ふふっ。なんだか全部うまく行く気がするわ!」
いい笑顔だ。アンリはこういう顔してるのが一番似合うな。
翌日。ゾーラやキアがまだ寝ている頃に、僕は一足先に目覚めた。
もふもふを連れて行かなきゃいけないからね。アンリに言い含められているとはいえ、僕たちが仲良くできるか確信が持てない。
ティナは、やはりベッドにいなかった。厨房に行けば、昨日と同じくコックたちに囲まれている。
普段は城で働いているわけではないと思われる姿の婦人も見られた。市民から義勇兵を集めている今、彼らの胃袋を満たす人員も増やさす必要があるのは、前にも聞いた。街の婦人会とかから来たのだろう。
「パンに挟むので、野菜は細かく切ります。食感が残る程度の大きさが良いでしょう。ドロドロのペーストだけだと、味気ないですからね」
「ティナ。今日も料理作りの先生?」
「あ! ヨナ様おはようございます!」
「おはよう。ちゃんと寝たの?」
「はい! 問題ありません! この街の兵隊さんのために、美味しいもの食べてほしいので!」
「それはいいんだけど……疲れてない?」
昨日も酒場から酒場へ、一日歩き続けていただろうに。
「大丈夫です! それに、戦ったヨナ様の方がお疲れでしょう?」
「そうかもしれないけど。ほら、料理教室も程々にして。行くよ」
「はい!」
ティナの手を引いて厨房から連れ出す。料理作りも体力を使うものだ。人に教えるなら尚更。
コックたちが、微笑ましそうな目を向けていた。
「もふもふ。乗せて」
体を撫でながらお願いすれば、彼はしばらく僕を見つめてから、ゆっくり姿勢を落とした。
馬にまたがって、そしてティナに手を伸ばす。
「えっ」
「ティナも乗るの。疲れてるでしょ?」
「いえ。それほどでは」
「いいから。今日は力仕事なんだから、休める時に休まないと」
「はい……では失礼します。もふもふも」
馬上から手を伸ばしてティナを引き上げ、後ろに乗せる。
そしてゆっくり歩かせた。
「ヨナ様、馬に乗れるんですね」
「これでも王族だからね。師匠がやらせてくれたんだ。乗ったのは数回くらいだけど」
それでも基本は知っている。
「ティナ、僕に掴まって」
「はい……」
「怖くないからね」
「わかってはいるのですが、地面が遠いのが慣れなくて」
僕の腰に回したティナの手は、微かに震えていた。
「大丈夫。もふもふも、僕たちのことは仲間だとわかってるよ」
「そ、そうですね。それにヨナ様の動かし方も、とても丁寧です」
「そうかな。ありがとう」
「ふふっ。ヨナ様は頼りになりますね。それに、小さいなりに体つきがしっかりしていて、男性って感じがします」
「えっ」
背中に当たるティナの体の感触。ドキドキするけど、動揺してはいけない。馬は賢い生き物で、乗り手の気持ちを読み取れるって言うし。
もふもふが微かに振り返った。呆れた目をしているように思えた。




