8-27.強敵な方
彼女は僕が振る剣を包丁で巧みに受けている。リーチに劣る武器なのに、僕と互角にやり合えている。腕力も向こうの方が上のようだ。
「おらっ! 死ね! いや死ぬな! おとなしく捕まれ!」
「こ、断る!」
「じゃあどうする!? かかってこいよ!」
キアと男も睨み合いをしている。テーブルの上に乗ったキアが男に狙いを定めていた。野生の如き動きで彼に飛びかかろうとしているのか。
しかし。
「うわー!?」
足元がふらついているから狙いは最悪。男に飛びかかったが、彼が大して回避を試みるまでもなくキアは何もない空間に抱きつくことになった。
大きくよろめきながらも、転ぶまではいかずに着地して、再度男を睨むキア。
「今のを避けるとは、なかなかやるな……アタシも、本気で殺す気でやらなきゃいけねえか?」
「ひいっ!?」
腰のナイフを抜いて男に向けるキア。その切っ先もフラフラと揺れていて、さらにフラつく足で踏み込みながらブレブレの狙いで振る。
「うわあ!」
「この! 逃げるな!」
ナイフをめちゃめちゃに振りながら追いかけるキアと、逃げる男。
「いいの? 弟さん、放っておくと死にそうだけど」
「弟じゃない! あんな素人、死ねばいい!」
「素人なのは同感。帝国って思ったより人手不足なんだね?」
「黙れ! こんな街、工作なんかしなくても落とせる!」
ああ。その考えなのか。市民団体による工作はあくまで補助的な作戦。
彼女の包丁を剣で受け止めて睨み合う。このままじゃ埒が明かないな。
「素人なのはそっちも同じでしょ? こんな子供ひとり殺せないなんて」
「黙れ! 流派は知らないがお前が正規の訓練を受けているのはわかる!」
「へえ」
やっぱりこの人は強い。煽って焦りを生もうとしても、言い返してくる余裕もある。
不利な武器でも僕に一撃を与えるべく、手数を稼いで攻撃を繰り返す。軽い包丁だからこそ出来ることで、僕は防戦一方だった。大人である彼女の方が体格も体力も上。
このままじゃまずい。
包丁の猛攻を回避しながら後退る。さっきぶちまけられた水を踏んで転ばないように避けながら、キッチンの方へ移動する。
水を貯めておく桶の他、鍋が見つかった。それを片手で掴んで振る。
包丁と当たって、があんと音が響いた。これで防いだ包丁を女が構え直す前に剣を振ったが、片手で狙いがブレブレで当たることはなかった。ただし女はふたつの武器を見て警戒して、一旦後ろに下がった。
僕も鍋で人を殺せるとは思ってない。もっと良いものを探さないと。
すぐに見つけた。木製のヘラだ。スープなんかをかき混ぜるための調理器具を、鍋を捨てて代わりに持つ。
体が熱くなる感覚はちゃんとあった。
鍋から明らかに弱い武器に持ち替えた僕の意図を理解しかねて、女の動きが止まった。何か想像もできない攻撃をしてくるのではと警戒しているのだな。
やっぱりこの人は強いな。
隙を突くべく踏み込んだ。女は素直に下がって包丁を構える。そこにさらに前に出た。姿勢を低くして女の懐に潜り込むイメージ。けれど彼女はまた下がる。
すれ違いながら駆け抜けた僕は、テーブルにぶつからないよう減速。振り返れば女が包丁を腰の高さに持って突進してきた。
あれを殺すのは簡単。けど刺し違える覚悟がいるし、死ぬ気はない。それに殺すこと自体避けたい。生け捕りにして帝国工作員の情報を聞き出さないと。
だから今度は僕が逃げる番だ。しゃがんでテーブルの下に潜った。女はテーブルに激突する前に止まって、姿勢を低くして僕を睨む。
大人の彼女は、狭いテーブルの下に入って戦うのは無理だ。身動きがとれずやられるだけ。一方の僕は、しゃがみながら飛び出す姿勢を見せた。
女が横に動けば、すぐにそちらへ向き直る。剣を構えて飛び出せば仕留められる。彼女は自称弟の加勢に行くことも一瞬考えただろう。仲間が劣勢になれば僕は出てこざるを得ないと。けどそのために、一瞬でも自分が背後を見せる危険に思い至ってやめたらしい。
となれば彼女の取れる方法はひとつ。
テーブルの上に乗った。お互いの視界から消えて、僕の正面以外のどこかから降りて、テーブルの下に潜って一瞬で仕留める作戦か。
お互いがどっちを向いているかの読み合い。ヒントは、キアたちがグダグダな戦いをしている方向くらい。僕がそっちに目を向けている可能性が高いと向こうは予想するかも。その裏を書き合う心理戦か。
面倒だ。そんな読み合いをするつもりは最初からなかった。この形になるように女を誘導はしたけれど。
テーブルの上の女の位置に探りを当てて、別に当たらなくても構わないけれど天板を下からヘラで突く。聖剣になったそれは容易く木製の板を貫いた。尖すぎて手応えを感じないから、上の女にまで傷をつけたかはわからない。
目の前の異様な光景に女が悲鳴を上げたのは聞いた。
そのまま天板を切り裂く。女を狙うのではなく、天板を両断するように大きな切れ目を入れた。
自重と乗ってる女に耐えかねて、天板が割れた。直立していたテーブルの足が左右に広がる。もちろん僕の方に落ちてくるのだけど、それを狙っていたからすぐに下から転がり出た。
女の方は、何が起こるのか知らなかったのだから、逃げることができなかった。崩れ落ちるテーブルの上では踏ん張れず、飛び降りることもできずに一緒に落ちる。
素早く起き上がった僕はヘラで女の包丁を狙う。何度も僕を傷つけかけた刃物は、あっさりと根本から切断されて刃が落ちる。その様子に目を見開いた女の顔面に僕の蹴りが炸裂。
「おごっ」
濁った声と共に女はのけぞり、倒れた。なおも起き上がろうとしていた、彼女の手首を踏みつける。
「ぎゃあぁっ!?」
「静かに! おとなしくしてれば殺さない! 僕は異能持ちだ。このヘラでお前なんか一瞬で殺せる」
「やってみろ!」
吐き捨てるように言った女は足を動かし僕を蹴り上げる。回避は出来たが女は身を起こし、四つん這いでこちらから離れた。




