8-22.囁きイレイナ
「大変だな。わざわざ呼び戻されて、こんなことだけ言われるなんて」
中身のない馬鹿馬鹿しい軍議を終えたエルマに、ヴィルレインが声をかけた。
「いえ。ボンドルへの進軍が進まないことに苦言を呈されるのかと思ったので、むしろ拍子抜けしました」
冗談で返せばヴィルレインは微かに笑った。
嘲笑のようだった。その対象はヴィルドーゾだ。
「兄上はこれ以上の戦果に興味は無い。首都さえ落とせれば満足だ。後は時間の問題で片付くと思っている」
「そうですか……」
「嘆かわしいか? 総大将が戦争に興味を見せないなんて」
「いいえ。放っておいてくれる方が、わたしは自分の戦いができますから」
「そうか。早く終わらせてくれよ。俺もさっさと帝国に帰りたい。それに……虐げられる市民を見たくない」
ここでは今も、市民たちが処刑されている。
反戦運動の参加者はほとんどが葬られている。抵抗する者も表立ってはいない。処刑の必要などないのに、続いている。
「貴族や金を持ってる市民から、反乱を企てる動きがあるってでっち上げて殺しているそうだ」
「それで財産を没収ですか」
「未亡人や娘に美人がいれば、自分の物に出来るからと、兄上は大喜びだ」
またか。ここでもヴィルドーゾは女のことしか考えていない。
「まったく、悪どいことばかり考えますね」
「こんな戦争さっさと終わらせて、兄上やコンランドを本国に戻そう」
「かしこまりました」
「俺はここに残って、市民に人道的な扱いがされるように説得する。無力かもしれないけどな」
「殿下とて立派な皇族。やってくれると信じております」
「期待しないでくれ。でも頑張る。エルマも頑張ってくれ。……女を選んで捕虜にするなんて指示、守らなくていいからな」
「はい。ですが、それなりに成果を挙げることは期待されていますので」
「不幸な女が出るのは、できるだけ減らしてくれ」
さみしげに笑うヴィルレイン。可愛らしいと言われる顔にこんな表情をさせるのが忍びなかった。
――――
市民団体とやらが陥落した首都でどうなっているかは、気になるが知る術はない。そのうちわかることだろう。
問題は、その団体がこの街でも活動している可能性が高いこと。帝国の工作員はここにも潜んでいるだろう。
僕たちで探して狩る。それが明日の予定だ。
その他、貴族たちの話し合いに意見を求められた。仕事にあぶれた避難民を一時的に兵士として雇って訓練するとか、そのための武器に限りがあるから日用品を改造して作るのに良い策はあるとかについて。
僕よりも詳しい人は大勢いるにも関わらず訊いてきたのは、こちらの顔を立てるため。他国の戦争に巻き込まれた王子という立場を尊重してくれる。
いい人たちなのは間違いないな。政治的にこれが正しいやり方なのかもしれないけれど。
政治的な正しさで言うならば、この場を取り仕切る最も地位のある人間は、城主の公爵ではなくイレイナ姫だ。彼女は暫定的に国のトップにいる。首都に残したという両親が無事でなければ、今後もそのまま。イレイナが女王として君主になる。
だから彼女の意見と決断が何より優先される。もちろん形式上での話だ。
ひとしきり話し終わった後、公爵がイレイナを見た。
「以上の方針でが行こうと思います。王女様、よろしいですかな?」
「え、あ」
議題の内容を半分もり理解していたか怪しいな。みんなが難しい話を難しい顔でしている、程度の認識か。
それでも黙っているわけにはいかず、困ったようにアンリを見た。コソコソと話して、アンリに促されたけれど首を横に振って断った。それからイレイナになにか囁かれて、アンリはため息をついて口を開く。
「みなさんが知恵を働かせてくれているのを、とても誇りに思います。万事そのようにしてください。イレイナ姫はそう言っているわ」
なんでアンリが代弁するのか。しかもたぶん、今の言葉は半分以上がアンリの考えたもの。けれど隣でイレイナがこくこくと頷いているから、彼女の意志ではある。
みんな受け入れなければいけない。
締まらない空気の中で、貴族たちが席を立つ。僕たちもだ。
「ヨナ!」
アンリが駆け寄ってきた。イレイナの方を見れば、アンリの袖を摘んで引き止めようとしたのに失敗したような姿勢だ。
「ねえヨナ! 今日も街で活躍したのよね!? 泥棒を捕まえるために走り回ったり!」
「うん。そうだよ」
「わたしもしたかった! 明日は街に潜む敵を探すのよね!? やりたい!」
「うーん……」
アンリは戦力として頼りになる。けどイレイナの方を見た。離れているけれど、大きなアンリの声は届いているのだろう。寂しそうな顔をしていた。
「お姫様を守る仕事はどうするの?」
「だって。退屈なんだもの。確かに大事な仕事よ。でも、お城の中は安全だわ。敵なんかいない」
「帝国が人を潜り込ませているかも」
「公爵たちは、あれだけ警戒してたのよ? 城の中の人はみんな確認済よ」
「それもそうか」
「わたしも戦いたい。もちろんわかっているわ。イレイナを守るのは大事な仕事だって。でもそれ以上に、この国を守らなきゃいけないのよ。戦争に勝たなきゃ。その手伝いをすることだって、イレイナを守ることに繋がるわ」
「それはそうだけど」
気持ちはわかる。イレイナは見ての通り消極的な性格をしている。これまでの経緯を考えれば当然だけど、彼女と一日中一緒に過ごすのは退屈だろうな。
これも、イレイナを助けて格好いい所を見せたアンリが頼られてしまったからだから、自業自得ではあるけど。
「アンリさん。あなたはイレイナ姫に必要な人なんです。お気持ちはわかりますけれど、もう数日だけ我慢してもらえますか?」
「ううー……」
不満そうな顔を見せるけど、こればかりはどうしようもない。
「アンリでイレイナを説得できればいいだろ? 城を離れさせてくれって」
「そうなんだけど」
「簡単じゃないわよね。でも、だから英雄的だなんだと思うわ。難しい説得を成し遂げてこそ英雄よ。イレイナを安心させて、街の平和も守る。アンリちゃんなら両方できるわ」
「……ええ。やってみる」
いつもなら目を輝かせて返事をするだろうに。今日は全く気乗りしない様子だ。




