8-19.市民団体のやったこと
「奴らは軍を人殺し集団とまで罵りました。兵士に子供がいれば、彼らも人殺しの子供だと主張し、そんな子供は石を投げられて当然だと兵士本人に言い切ったそうです」
「兵士よりも好戦的ですね」
「はい。平和主義者が聞いて呆れます。ですが、本人は正しいことをしているつもりなのです。他にも、豊かな家庭の者は軍に入らない。兵士はみんな貧乏人だとか。言葉を思いついた端から兵士を罵倒しました」
効果は出た。兵士たちの士気は上がらない。国を守るために家を空ければ、その間に家族に危害が加えられるかもしれない。だから、街を出ての迎撃に身が入らない。
「首都が陥落する時まで同じでした。反撃の姿勢を見せるから敵も対抗するだとか、平和的に話し合いで解決するべきだとか、そんな主張です。戦闘をやめて、城を開いて敵を迎え入れた上で話し合おう、と」
「馬鹿馬鹿しい」
吐き捨てるように言ったのはたしか、首都から落ち延びてきた貴族だ。
市民団体なるものがふざけた言動を繰り返すのを、間近で見ていたのだろう。
同じ立場の貴族たちが口々に言う。
「こうも言っていたぞ。人命が失われないことが第一だから、速やかに降伏すべきだとか」
「戦争は外交の失敗だから、王族が間違いを認めて帝国に謝罪して丸く収めれろとか」
「相手は人間なのだから、酒を飲み交わして話し合えば戦争は終わるとかな。その交渉役に自分を入れろと言う、団体の奴もいた。若くて、自分が優秀で何でも出来ると思い込んでる愚か者だ」
みんな、嫌なものを思い出しながら話してるみたいだ。
「なあティナ。敵と酒を飲むとして、酒代は誰が出すんだ? その団体の奴か?」
キアがコソコソと尋ねてる。
「キアさんは黙っててください。そんなこと、どうでもいいじゃないですか」
「重要なことよ。市民団体とやらは、自分で酒代は出さない」
ゾーラが静かに返事した。
「国にたかるつもりなのね。自分の財布には手をつけずに、他人の金で良いことした気分になれる。あと国に関わる仕事をするってことは、立場とか肩書が得られるのよね。何の実績も無いのに偉くなった気になる」
彼らは徹底して軍の足を引っ張り、首都内に兵士が築いた防御陣地も壊して、積極的に敵を迎え入れようとした。軍も市民に刃を向けるわけにはいかず、対処に手間取った。
「攻め込まれてるのに、そんなお花畑なこと考える奴なんているのか?」
「戦いに巻き込まれて死ぬのが怖いのでしょう。それよりは降伏して生き延びる方がいい。馬鹿な考えだけどね。それに、前にも話したでしょう? 田舎は閉鎖的で都会は逆。みんな仲良くって考え方が強くなる。他国ともわかり会えるって考えが出てくるのよ。ラロシエリ一番の都会だとね。行き過ぎてお花畑でもね」
キアの口の悪さを、ゾーラは否定しない。
「この国では特に、厳しい自然の中で生きなきゃいけないから。みんな協力すべきって風土なんでしょう」
ロプロースが王都ではなく首都と呼ばれているのも、それに関係してるのだろう。王と民が協力して国を動かしていく。
民に変な思想が広まると、王では制御しきれない。
そこに市民団体が付け入った。
軍なんかいらない。戦争は話し合いで回避できる。普段から外交に力を入れていれば、戦争なんか起こらない。外交がうまく行かないのは政治家の怠慢だ。軍は金の無駄。そう言い続ける。
外交が出来るのは、背後に軍事力があるからだ。力を持っていて、戦えば勝てるにしても双方に大怪我を負う。そんな事態はお互いに嫌だから渋々話し合いをする。国同士の関係とは、そういうものだ。
子供の喧嘩じゃないのだから。
「もちろん市民の多くは軍の重要性がわかっていました。奴らに批判的な者もいた。けれど団体は、そういう市民は戦争を望んでいるとか殺人を肯定していると言い張り、挙句家を取り囲んで人殺しだと昼夜問わず罵声を浴び続けた。次第に、誰も何も言えなくなった」
こうして、戦争に負けた。
ラロシエリ軍は市民に負けたわけだ。
「どんな人なんだ? そんな馬鹿馬鹿しい考えに乗ってしまう奴は」
「普通の市民です。なんの変哲もない人々。比較的裕福な層に多い傾向はあるらしい」
「はっ。みんな仲良しなんて、余裕がなきゃ出てこない発想だよな」
都会人ほど、そういう考えになりやすい。
村出身のキアにとっては、馬鹿としか思えないか。
「市民団体の脅威は理解したわ。隣の領地の都会であるここにも影響が出ているのは当然ね。ここまでやられて、まだお花畑なこと言う輩がいるのは驚きだけど」
「いるのです。帝国は強くて勝てないのだから、速やかに降伏して争いを避けることが命を守ると最善の方法だと主張する一派が」
「世も末ね。この街にも、同じ考えの人がいるのね」
「はい。それと、運動の始まりは帝国が送り込んだ間諜だと言われています。王国内で市民の賛同者を集めて勢力は広げましたが、最初は帝国の意思なのではと。有力者の協力を得るために、お金の動きがあった形跡もあります」
「敵国を弱体化させるために人を送る、か。数年前から準備してることを考えれば、確かにやりそう。わかりました、あたしたちで対処します。見つけ出して、あんたに突き出せばいいのね?」
「よろしくお願いします」
あまり気が乗らないって顔のゾーラ。
わかるよ。相手は市民だ。馬鹿かもしれないけど、自分のやっていることが正しいと疑っていない。その原動力は善意だ。
中心にいる帝国の人員は悪だとしてもね。
「なあ。市民団体の奴らは、首都で戦争に巻き込まれてたんだろ? 自分の街が帝国に落とされて、そいつらにとっては思い通りのはずだ。今頃喜んでるのか?」
「さすがに自分の国が戦争に負けて喜ぶとは思いませんけど。どんな気持ちなんでしょうね。わたしには想像つきません」
彼らの心理をまったく理解できないキアたちが小声で話している。
たしかに、首都陥落後の市民団体の処遇は謎だよね。




