8-17.心の変化
城までの帰り道、さっきの兄妹を庇って嘘をついたことをティナにも話せば、彼女は跳び上がらん勢いで喜んだ。
「立派ですヨナ様! そうですよね! あの兄妹が、お母さんから怒られる必要なんかないです!」
「う、うん。だよね?」
「確かに泥棒は悪いことですけれど、彼らは反省しています」
「それは僕も言った」
「悪人に問答無用で罰を与えるだけが、正しいこととは限りません!」
「それも言った」
「良かったです。本当に立派になりました……」
涙ぐむティナ。そこまでかなあ。
「やはり心境の変化は、レダウスの影響もありますか?」
不意に尋ねられて、ティナに向き直った。彼女は相変わらず目に涙を浮かべて、笑顔を見せていた。僕の成長を心から喜んでいた。
「うん。きっとそうだ」
心の中に一生残る傷となった出来事を思い返しながら、頷く。
悪や敵は容赦なく斬り捨てる。そんな考え方を、かつての僕はしていたのかもしれない。
それは、父やきょうだいへの憎しみから、彼らには何をしても良いって幼い考え方が混ざっていたからだろうな。
それが変わっている自覚はあった。
僕の答えに、ティナは満足げに頷いた。
「なんかさ。これだけでティナがこんなに喜ぶの、そろそろ怖くなってきたんだけど」
「うるさいですキアさん。ヨナ様の成長ですよ。こんなに尊いものはないですよ」
「それだよ。その一途さというか。重さ」
「男の子の成長って、物悲しさもあるわよね」
「ゾーラの言ってることも意味わかんないんだけどな」
「さあさあ。ヨナ様帰りましょう。お腹すきましたよねー」
呆れるキアとゾーラは無視して、ティナは僕に後ろから抱きついて城へ押すように向かっていった。
――――
城が持っている馬小屋にもふもふを入れる時だけ、アンリはイレイナの近くを離れた。大きくて黒いもふもふは、貴族が飼っている馬とはかなり風貌が違っていた。お金持ちの持つ馬って、なんか綺麗だものね。
牝馬たちには魅力的に映るらしく、もふもふはモテていた。浮気は駄目よ。あなたには恋人がいるんだから。
そう言い聞かせればもふもふも頷いた。でも、ずっと近くにはいられない。
お城の中に戻らなきゃいけないから。イレイナが寂しがっているから。この少しだけの外出も、イレイナは泣きそうな顔で引き止めた。すぐに戻ると言って、なんとか出られた。
イレイナが相当辛い思いをしているのは、アンリも理解している。一緒にいてあげるのが彼女のためになるなら、協力したい。
でも退屈だった。
アンリとイレイナにあてがわれたのは、お城の中でも特に立派な部屋だった。英雄としては派手にもてなされるよりも、質素な部屋の方がらしくて格好いいとも思ってるのだけど、お姫様はそうはいかない。
雑な生活をしたいわけじゃないから、ありがたく受け入れよう。
天蓋付きの大きなベッドにイレイナとふたりで寝転ぶ。さっきはひどかった。ようやく安心できたイレイナが泣き出して、ずっとそのままだったから。
泣き止んだのが見えて、もふもふの様子が気になって一旦外に出て、そして戻ってきた。
少しの間だけ離れるだけで、イレイナは本当に不安そうだった。
「アンリさん……」
「おっと。大丈夫よ。もう離れたりしないから。近くにいるわ」
部屋に戻った途端にイレイナは抱きついて離さなかった。
やりにくいなあ。
夜になれば食事が運ばれた。国が大変な状態だっていうけれど、お金持ちは良いものを食べられる。アンリにもイレイナと同じものが出された。
具だくさんのスープに柔らかいステーキ。甘いお菓子。パンは……ティナが焼いたやつの方が美味しいな。
夜はもちろん同じベッドで寝る。子供ふたりだからベッドは狭くない。でも、ずっと抱きしめられるのはちょっと窮屈。
「ううっ……お父様……お母様……」
それでも、寂しくて泣いているイレイナを、無理に引き離すなんて出来ない。
「大丈夫よ。わたしが一緒だから。英雄がついているから……」
ふと思った。守るべき相手がくっついて、動くべきときに動けない英雄に、なんの意味があるんだろう。
翌朝。その日もイレイナはアンリから離れなかった。
さすがに抱きつきはしない。でも、ずっと近くにいる。離れたら泣き出しそうだ。
「ねえイレイナ。これから街は帝国に反撃するのよ。あなたがその号令を出すことになるんだけど、できそう?」
気になったことを尋ねた。イレイナ自身も理解はしているはずだけど。
「号令ですか。はい、やるべきことはわかっています。国のために、これから命を捧げる兵士の皆さんに、出撃を命じるのですよね」
「ええ。格好良く、勇敢にね」
「わたしにできるでしょうか」
「できなければ、戦争に負けるわ」
「……」
それは嫌。住み慣れた首都に帰りたい。けれど自分は勇敢でも格好良くもないって理解しているって顔だ。
窓から外を見る。兵士たちの姿があった。首都奪還のために訓練している。
兵士の装備はバラバラで、いろんな街から集められているのがわかる。集まったのは兵士だけではなく、市民からも義勇兵に志願する者が多いらしい。
装備は足りていないけれど、戦う意志はあった。
「みんな頑張っているわね」
「わたしは、彼ら以上に勇ましくなれるでしょうか。元気づけられるでしょうか」
「……」
「アンリさん。あなたは立派です。堂々と英雄を名乗って、勇ましく戦える。昨日のあなたは本当に格好良かった。伝説の英雄よりも、ずっと」
「ふふっ」
褒められるのは嬉しかった。
なのに、イレイナの沈んだ顔を見れば、素直には喜べなかった。
「彼らが出陣する時は、わたしが声をかけなければいけない。でも、無理です。勇気づける言葉なんか出ません。アンリさんなら、うまくやれるのに……」
「どうかしら」
自分は英雄だけど王族ではない。軍隊を率いて戦うことに憧れはあるけれど。




