8-16.難民たちの救護所
周りと比べて大きい。救護所と表示があった。病人や怪我人をここでまとめているのか。
「元々体は強くなかったんだけど、山道を歩いている途中で……」
「どんな具合なのかしら。お姉さんに教えてくれる?」
「あ……」
ゾーラが前屈みの姿勢でガランに近づいた。胸の谷間が彼の目の前に来て。
「ほら。ゾーラは離れて。さっさと救護所まで行こうね」
「そうだぞ。あいつに訊かなくても、母親の様子を直接見ればいいだろ」
「あっ。やめて! あたしだって男の子と話したいの!」
「駄目」
「ヨナくんの、そんな強引な所も好きなんだけど。でもたまには他の男の子が」
「ほら。さっさと歩け」
「あんっ! いつもより乱暴な口調のヨナくんもいいわね!」
ゾーラの背中を押して、それでも歩かないから尻を蹴って、救護所に押し込む。
兄妹は呆気に取られた顔をしていた。
「気にするんな。ゾーラはちょっと変な趣味してるだけだ」
「変な趣味?」
「知らなくていい」
「そんなのに、母ちゃんの病気を治せるのか?」
「完全に治すのは無理だろうなー」
「やっぱり、あの薬が無いと」
「あの薬でも無理だ。あれは薬草をすり潰して混ぜたもので、怪我した時に傷口に塗るやつだ。病気には効かない」
「そ、そうなの!?」
「盗みの前に勉強しろ。知識がなきゃ、病気には勝てないぞ」
「う、うん……」
振り返れば、キアがガランの頭を撫でていた。
キアは年上のお姉さんで、しかもかなり刺激的な格好をしている。
ガランは赤くなってうつむいた。
「なによ。キアばっかり羨ましい……」
「そういう所だよ」
悔しそうな顔のゾーラを救護所の中に向けた。
ひどい有様だ。ベッドを用意することもできなくて、地面の上に薄い毛布を敷いて、その上に病人を寝かせている。そうやった横たわった人が数十人。
医師の姿は無い。普通の市民と何ら変わらない格好の人が数人、患者を踏まないように気をつけながら具合はどうかと聞いていた。
薬の類があるようにも見えない。せいぜい、熱を出した患者の額に濡れたタオルを当ててやるくらいの処置しか出来ていない。
「治療する場所というより、隔離施設ね。動けない人をひとまとめにして、管理しやすくする。万一伝染病とかにかかった人がいたとしても、ここに置けば流行らない」
「ひどい扱いだ。お母さんはどこ?」
「あそこ……」
患者たちの一角を指した。若い女がいた。
肌寒い季節。テントの中に暖房設備などなく、彼女は震えていた。顔は青ざめて、苦しそう。
ゾーラもさすがに真面目な顔になり、彼女の様子を見た。
「なにかわかる?」
「なにも。ただの風邪ではなさそうだけど、それ以上はなんとも言えないわ」
「あの。あなたは……」
「はじめまして。旅の学者をしている者よ。息子さんたちと知り合って、お母さんのお見舞いにね」
「学者さん。あの。息子たちとはどのような」
関係を聞かれて、ガランの顔がこわばった。
彼の頭を撫でながら、僕は誰よりも先に答えた。
「友達です。僕たちは冒険者で、街から治安維持の仕事を頼まれています。さっき肉屋に押し入った泥棒を追いかけていたら、息子さんたちが捕まえるのを手伝ってくれました」
「まあ。それは本当なの?」
母に見つめられて、兄妹はぎこちなく頷いた。
「きっと、お母さんの教育が良かったのね」
「いい子供に恵まれたな」
ゾーラたちも話を合わせてくれた。しんどそうだった母親の表情が、少しだけ良くなった気がした。
とはいえ、具合が悪い彼女に僕たちが出来ることはない。暖かい格好をして、安静にしなさいなんて、当たり前の助言しかできなかった。
「冬の間着ていた毛皮、もう使わないわよね。譲りましょう」
「荷物になるから城に置いたままだけどね」
「ちょっと走って取りに行ってくる」
「うん。お願い」
救護所を出ながら話し、城へ走っていくキアを見送る。
「お兄ちゃんたち、お城で働いてるの?」
ガランが驚きの目を向けた。
「まあ、色々事情があって。偉い人と知り合いなんだ。後で、病人の待遇を良くするようお願いしてみるよ」
「あ、ありがとう! それに……さっきは母ちゃんに、俺が泥棒したこと黙ってくれて。それもありがとう。でもどうして? 俺、悪いことしたのに」
「んー。なんでかな。確かに君は悪いことをしたけど、反省してるだろうって思って。悪人に問答無用で罰を与えるだけが、正しいわけじゃないって気がした」
「よくわからないよ……でも、ありがとう!」
ガランは少しだけ晴れやかな顔になった。
毛皮の上着を抱えたキアと、薬屋に瓶を返してきたティナが戻ってきたのは、ほぼ同時だった。
さっきのお母さんの他、特に具合が悪そうな患者に渡した。けれど全員分には到底足りない。寒さに震えているのは他の患者も同じだ。
やっぱり、城主たちに言って根本的な解決をしないと。
その後も僕たちは街を見回り治安維持に努めた。
食料を盗もうとする不届き者の数はかなりいたし、将来への不安と飢えから人々の気が立っていて、喧嘩もあちこちで起こった。その仲裁も僕らの仕事だ。
「はいはい。不安なのはみんな同じなんだから。騒がない暴れない」
酒場で始まった喧嘩をゾーラが一瞬で止める。テーブルから生えた蔓が手足の動きを封じて、ついでに口にも闇が貼り付いて喋れなくした。
ちなみに喧嘩のきっかけは、戦争に疲れたと客のひとりが溢したことらしい。それを他の客が見咎めて言い争いになった。
そうとう激しくやり合っていたらしい。片方なんかは上着を脱いで、暴れまわる気満々だった。さすがにその格好は寒そうだ。もう片方は随分な厚着で、こっちはこっちで防御力高そうだな。
そんな両者はゾーラを驚きの目で見つめている。
「落ち着いた? 不安だからって酒に逃げて暴れるのは良くないわ。ほら、深呼吸して」
「口を塞がれてるから無理なんじゃない?」
「鼻で深呼吸しなさい。そうしたら落ち着くから」
本当に落ち着くかは謎だけど、とりあえず騒ぎはしなくなったから、効果はあるんだろうな。
こうして一日、街の平和を守った。
どこまで効果があるかは知らない。




