8-15.街の治安の悪化
残念ながら街の治安は悪化していると言う他ない。今も、なんとなく巡回していた所で、泥棒が薬屋から商品を強奪した現場に遭遇したわけで。
街中でそんなことが起こっているのだろう。
仕方がない。
帝国が首都に攻め入った際、多くの住民が街を出て逃げ出した。軍隊が攻めてくるのだから避難するのは当然。一市民が、自分も武器を取って命がけの戦争に参加しようだなんて決心は、そう簡単にはできない。
家族を守らないといけない人だって多かっただろう。だからこの判断は責められない。
帝国が攻め込んだのは首都だけではなく、首都以南の街やその周辺も攻撃されて占領されている。そこからの避難民もこの街に押し寄せてきた。
ボンドルは首都に比べれば小さな街だ。だからここは、一時的かもしれないけれど人口過密都市になっていた。
避難民の多くは、生活基盤を捨てて避難した。ここに知り合いがいて住む所がある者は少数で、多くは住処も仕事もない。
人が多すぎて働き口なんて見つからない。けれど生活はしないといけない。
食うに困って盗みを働く者が出るのは当然だ。
飯屋じゃなくて薬屋で盗みがあったことの意味も、よくわかるとも。
坂と階段だらけのこの街は、ゾーラにとっては体力を使う場所らしい。へばって歩けなくなった彼女は放置して、僕は泥棒を追う。
泥棒はふたりいて、二手に別れて逃げた。片方はキアが追いかけている。山岳都市でも屋根は水平だから、その上を普段通りに駆け回るキア。さすがの体力だ。屋根間の高低差も大したものではないらしい。
もう一方を追う僕たち。軍隊の訓練を受けたティナは問題なく坂路をダッシュして泥棒を追いかけた。僕はといえば泥棒の逃げるルートを考える。
この街の地図は昨日のうちに用意してもらった。すべて把握してるわけじゃないけど、なんとなくは覚えている。
泥棒の逃走経路を考えながらティナとは別ルートを走って。
「ここだ」
路地裏から飛び出すと、僕に向かって泥棒が走ってきている所。
この近くに大きな公園があり、今は臨時の難民キャンプになっている。泥棒の正体は難民だろうし、薬を盗んだのは必要とする者がいるから。向かうルートがわかれば先回りは容易だ。泥棒は、まだ街に詳しくないのか遠回りして逃げていたし。
僕を見て、走っていた泥棒は急停止した。
思ったよりも小柄だ。
「事情があるかもしれないけれど、盗みは良くないよ」
「うるさい! これがないと! 母ちゃんが!」
「そっか。でも駄目なものは駄目だ」
僕より年下。十歳くらいの少年が薬の入った瓶を抱えている。
母親か。病気なのかな。体が強くないのに、無理して山道を歩いてここまで逃げてきたのか。
病気の母がいる辛さは、僕にもよくわかる。
でも。
「これは返してもらうよ」
少年に向けて踏み込んだ。彼は後退ったけれど、僕のほうが体が大きいし向こうは素人の動きだ。
一瞬で距離を詰めて、彼が抱えた瓶をすくい上げるように掴む。そのまま腕を振り、瓶を放り投げて。
「ティナ。それを返してきて」
「はい!」
後ろから追いついていたティナがキャッチ。
「おーい。ティナ、ついでにこれも返してくれ」
「なんですか。わたし、雑用係みたいで嫌なんですけど」
「なんでアタシの頼みは嫌がるんだよ」
「ヨナ様の頼みだから意味があるんです!」
「ティナ、どっちも返さないといけないから」
「はいよろこんで! ほら、キアさんなにしてるんですか。その瓶を寄越しなさい」
「ヨナが特別なのは良いけど、アタシの扱いが雑なのがムカつくんだよな。ほら」
屋根の上から話しかけたキアが、ティナに小瓶を投げ渡した。
キアは片腕で、小さな女の子を抱えていた。
「お兄ちゃん……ごめんなさい。捕まっちゃった」
「ユミル……」
泣きべそをかきながら、兄らしい少年に伝える。
薬屋に行ったティナと入れ替わりに、ゾーラがぜえぜえと息を切らしながら追いついた。あのまま座り込んで動かないと思ってたけど、頑張ってる。
「ゾーラ。この子の母が病気らしい。診てやってくれない?」
「あたし、医者じゃないのよ? ただの学者。それも歴史の。医学の心得とかないの」
「でも、なにかわかるかも」
「あー。もう、わかったわよ」
兄妹を連れて難民キャンプへ向かう。少年の名前も聞いておいた。
ガランというらしい。
難民キャンプはひどい有様だった。
街の指導者たちは難民のためにテントを用意した。けれど全く数が足らない。テントの中にぎゅうぎゅう詰めで押し込まれたり、それでも入れず外で風に晒されながら過ごす者が多い。
厳しい冬の季節は終わったとはいえ、夜は冷える。積りはしなくても雪がちらつく日もある。
戦争から避難した先にあるのが、こうも過酷な暮らしだなんて。
「父親はいるの?」
「……戦争が始まってすぐに、兵士に志願した。ロプロースが攻め込まれた時、父ちゃんはロクに訓練も受けてないのに、武器を持って戦いに参加して……俺たちには逃げろって言って。どうなったのかわからなくて……。母ちゃんは俺と妹を連れて、必死にこの街まで来たんだ」
「そっか。どんな具合? どこにいるの?」
ガランはひとつのテントを指差した。




