8-12.一種の人質
公爵の周りに、他の貴族や軍人たちが集まってくる。
イレイナの心の傷もわかるが、事態は逼迫している。イレイナは公爵の妻らしき女に預けられて、城の中の一室に連れて行かれた。
もちろん、アンリもついていった。
そして公爵は僕に向き直った。僕の事情も説明済か。
「あなたがヨナウス・ライディオン殿下で間違いないのですな?」
「はい。信じられないかもしれませんが、そうです」
「なるほど。誰か、ヨナウス殿下の顔を見たことがある者は?」
ひとりの貴族が手を上げた。
「数年前だが、確かに見た。間違いない」
「そうか……わかりました。信頼しましょう、殿下」
「今はヨナと名乗っています」
「ええ。事情は聞きました。ではヨナ殿。異国の要人として歓待したいところですが、あいにく戦時下。それどころではありません」
「もちろんです。では、僕はどうすればいいですか? 関わらずに去れと言われても従うつもりではあります。イレイナ姫は僕の仲間をいたく気に入ったようですけれど」
「そのようですな。こちらとしても、あの少女は姫様と共にいてもらいます。ヨナ殿も、この城で過ごしてください。衣食住の提供はいたします。ただし、我々の指示には従ってほしい」
「それは、ライディアル王国への牽制や交渉材料のため?」
「さすが王子様は聡明だ」
僕の存在はライディオン王家にとって弱みになる。ガリエル公爵も、そう言っていた。
「でも、今はライディアル王国に構っている場合ではないのでは?」
「そうとも言い切れません。この戦争は、帝国とライディアル王国の同盟が背景にあります。王の娘と皇帝の息子が婚姻関係を結んだのです」
「フィネチアか……」
まだ学生のフィオーラは政略結婚には使えないから。
情勢が見えてきた。攻め込む帝国と、それに手を出さないライディアル王国。
僕がいない間にそんなことになっていたなんて。
「僕はライディアルでは、公的には死んでいる」
「はい。そこに付け入る隙が出来る。同盟国の王子がラロシエリ領にいれば、帝国もおいそれと手を出せない。巻き添えで死ねば一大事ですからな。元から死んでいた王子なら、なおさら。何があったのかと世間が大騒ぎする」
「実の父に追放された王子でも?」
「対外的には亡くなって、何故か生きていると判明した。ライディオン王家は建前上、あなたを救わなければならなくなる」
馬鹿げた話だ。国内の世論とか他国のために、息子を心配する王族のポーズを取らなければならない。父の内心は、はらわたが煮えくり返る思いだろう。
それでも世論のために、帝国には攻撃を緩める要請をしなければならない。生きているヨナウスの命を蔑ろにしたとなれば、国民からの目は厳しくなる。王の権威が揺らぐ。
ただでさえ、他に三人も王子が死んでいるのだから。
帝国側も、同盟国の要請を無視はできない。
「けど逆の事態も起こるかも。僕を救出するために、ライディアル王国まで兵を差し向けるかも」
「それを帝国は許さないでしょう」
「確かに」
帝国は覇権主義で戦争をしている。他国の参戦で、自分が得るはずの領地を取られるのは嫌がる。同盟関係にヒビが入りかねない。
かといってライディアルが、領土も増えないのに大々的に兵を動かすのは問題だ。予算を食い潰されるだけ。国民から不満が出る。たとえヨナウスの救出という大義面分があってもだ。大規模攻撃は僕が巻き添えで死ぬ懸念があるため、王家は身動きが取れなくなる。
少数の工作員を潜り込ませて僕の誘拐を試みるか、攻撃に手心を加えるよう帝国に進言するしかない。
「わかりました。僕の存在を喧伝すれば帝国の牽制になると」
「ご理解いただけて幸いです」
「抜け目無いですね」
「恐縮です」
公爵は恭しく頭を下げた。
彼が僕の存在を知ったのは、ついさっきのはず。なのにここまで考えを巡らせて、既に集まっていた貴族には話を通している。
人の良さそうな顔をしていながら、策士だ。
「ヨナ様、どうしますか? 嫌なら嫌と言っていいんですよ?」
「そうよ。これじゃまるで、ヨナくんが人質じゃない」
「脱走したいなら、アタシがなんとかしてやる」
みんな僕にヒソヒソと話す。僕の気持ちを慮ってくれている。
僕の異能の謎を解くヒントがあるかもしれない。ラロシエリという国への僕の認識はその程度だ。戦争に巻き込まれても、わざわざ関わることはない。
関わる義理がない。ああ、アンリの言う通りだな。
ゾーラの言う通り、僕の処遇は人質そのものだ。それも、家族は本心では無意味だと思っている人質。
いい気分じゃない。
ラロシエリの貴族たちもわかっているようで、僕をじっと見つめていた。出方を見極めるとばかりに。
本当なら、さっさと逃げるべきだな。けれど。
「みんなありがとう。だけど……いいですよ。あなたがたの方針に乗ります」
公爵にはそう返事した。
仕方ない。この状況を受け入れよう。そうするしかない。
アンリのこともある。彼女は、僕がラロシエリを放り出して逃げるのを許さないだろう。
それに、公爵の立てた方針は成功しやすい状況にある。他ならぬ僕のやったことの結果でだ。
僕が王都でドラゴン退治をしたせいで、ヨナウス生存説は国民の間で広まっている。そしてカレンに言ったことで、王都の支配者層も僕の生存はっきりと把握している。
だから、すべて公爵の思い通りに行くだろう。
「良いのですか? ヨナ殿は王家の追っ手から逃げなければなりません。なのにこれでは、王家に居場所を教えているようなものではないですか。しかも移動もできない」
「確かにね。でも、戦争中の国に父上は手を出せないよ。それに……」
「それに、なんですか?」
「たぶんだけど、師匠も同じことを考えると思う。そして、僕が生き延びられるように、帝国がこの戦争で利益が得られないように動くはずだ」
それにはガリエル公爵が、僕がラロシエリ領内に入ったことを知る必要がある。
間違いなく知っているはずだ。




