8-11.反撃の象徴
多少の逡巡の後、男爵の補佐官とアンリが交代した。補佐官もそれなりの地位にある人間らしいけど、歩きを強制されることになった。かわいそうに。でもお姫様が優先なのは当然だよね。
ちなみに騎手のいなくなったもふもふは、他の誰かを背中に乗せることを拒否した。仕方なくキアが手綱を持って引っ張っている。
アンリは隣のイレイナに手を握られている。
「ふふっ。怖かったわよね。もう安心よ。わたしは英雄なの。お姫様を守るのも使命よ!」
「はい。お願いします。それで、その」
両親を首都に取り残したことと、きょうだいの死について男爵に説明した。
「そうですか。お辛かったでしょう。この後は、我々が必ず守ります。どうかご安心ください」
「お願いします」
「でも、守るってどうするの? 帝国の兵士はイレイナを追いかけてきたわ」
「イレイナが生きていると困るんだろうね。帝国はこの国を支配したがってる。前の支配者がいると邪魔だから」
「そうですな。……奴らはまだ、停戦するつもりはないと聞いています。もちろん、私の知れる情報は乏しいですが」
「王族が生きている限りは手を緩めないでしょうね」
「はい。だとすると次は、このボンドルの街に攻め込むでしょう。我々はそれを迎え撃つべく、各地から兵力を集めています。イレイナ姫には、その指揮を取ってもらうことになります」
イレイナの肩が震えた。男爵も、もちろんそれはわかっていて。
「実際に指揮を取るのは軍人です。しかしイレイナ姫は、我々の反撃の象徴となってもらわなければ。ラロシエリの王は健在だと民や兵士に見せつけなければ、士気は上がりません」
「そう、なのですね。わたしが、前に出て……」
声が震えていた。アンリの手を握る力が強くなった。
「アンリさん。どうか、わたしの近くにいてもらえないでしょうか。あなたがいれば、少しだけ勇気がもらえる気がします」
「ええ! いいわ! 英雄アンリーシャがついていると思って安心しなさい! でもいいの? ヨナの方が、ちゃんとした英雄の子孫よ?」
「自分がアンリーシャの子孫じゃないこと、受け入れてるんだ」
「受け入れてはないわ! わたしはちゃんと子孫よ。でも、証拠がないから」
証拠もないのに言い切れる自信は、正直羨ましい。
それはそうとして、アンリの疑問だけど。
「アンリさんがいいです!」
イレイナは自分が思っているより大きな声を出してしまったらしく、はっとした顔になり。
「ごめんなさい。でも、アンリさんに近くにいてほしくて。ヨナウス殿下……いえ、ヨナ様とお呼びすべきですよね。ヨナ様も頼りがいのある方だと思います。けれど、アンリさんの方がいいです」
「そうなのね。わかったわ!」
「確かに、近くにいるなら歳の近い同性の方が、何かと都合がいいでしょう。本来姫の近くにいるべき者は、みんな亡くなったようですから」
男爵の言葉の後半は、僕にだけ聞こえるような耳打ちだった。
なるほど。イレイナはひとりぼっちになった。寄り添える相手が必要。
それがアンリなんだろう。すっかり懐いてしまったな。
「わかった。アンリ、イレイナの側にいて、しっかり守ってね」
「任せて! ふふっ。お姫様を守るなんて、英雄らしい仕事ね!」
「遊びじゃないんだからね」
「わかってるわ! ……でも、意外ね」
「なにが?」
「だってヨナってば、いつもならこういう事、関わるのを避けようとするじゃない。義理がないとか言って。まあ、いつも巻き込まれちゃうんだけど。でも最初から乗り気なのは変わってるなって」
「乗り気じゃないよ。関わったのはアンリが突っ込んだからだし、帝国の兵士を殺したんだから無関係ではいられない。イレイナのことを放っておくのも気が咎めるし」
「たしかに! そういうものよね! ヨナも良いところあるじゃない!」
「僕のこと何だと思ってるのさ」
そんな会話をしている内に、馬車は列を抜かして街に入った。要人ということで融通が効いたわけだ。外のティナたちもそれについていくし、外国人でも警戒はされなかった。
もちろん、門を通してくれた兵士は、僕が王子だとは知らない。
ボンドルの街の中は、他の城塞都市とあまり変わらない風景だ。
木材が豊富な土地だから、建物の建材は煉瓦や石よりも木の方がずっと多い。山がちな地形だから街の中に坂道や階段が多いのは特徴的か。
それでも、よくある都市だ。
ああ。他では見なかった光景がもうひとつ。
街を歩く兵士の数が多かった。
国防のために集められた彼らは、市民には丁寧に接しており、街の秩序は守られていた。しかしあちこちから、言いようのない不安が漂っているように思える。
その中心部にある城に馬車が入る。既に門番が馬を飛ばして、城にこちらの事情を話しているらしい。多くの兵士が整列して出迎えてくれた。
「おお! イレイナ姫! よくぞご無事で!」
ボンドルの貴族が出迎えてくれた。初老の、穏やかそうな人だった。
彼は首都と隣接する領地の長だ。彼の身分も公爵なのだろう。立場上、城主と呼ぶことも出来る。
王家との関わりが深く、イレイナとも親しい相手。
僕にとってのガリエル公爵みたいな人。
ようやく安心できたのか、彼女は城主に抱きついた。
「ああ。公爵様。お会いしたかった」
「私もです、姫。本当に、心配しておりました」
「公爵様。みんな。みんな亡くなってしまいました。わたしを守るために。それで、わたしだけ、わたしだけ……ひっぐ」
やがてイレイナは大声で泣き出してしまった。
今までずっと不安だったし、怖かったのだろう。ようやく、よく見知った相手に出会えて抱きしめてもらえた。安心して気が抜けて、こうなった。
公爵に慰められているイレイナは、しばらく泣き止まなかった。




