8-10.姫を知ってる貴族
城門の前には列が出来ていた。旅人や商人と思しき者が、なかなか進まない列に苛立った顔を見せている。
列の中には、周囲の村や町からろくな準備もせずに来たと思しき荷物の者も大勢いた。そのほとんどが男だ。
「ここ、普段から混む場所なの?」
「わかりません……この街に来たことは何度かありますが、並んだことはないので」
「権力者だなあ」
王族が庶民と一緒の列に並ぶのは、確かによくない。国民からすれば親しみやすさを感じられるかもしれないけれど、安全上の問題がつきまとう。それに王族にとって威厳は大事だ。国を治める要なのだから。
まあ、僕が言えたことじゃないけどね。
とにかくイレイナにとって、この行列は面食らうものらしい。そしてどうやら、並んでいる人々にとっても同じ。
普段はこうじゃないのに、みたいな声がどこかから聞こえた。
「戦時中なことと関係あるでしょうね」
「変装した敵が入り込むのを警戒して、通行人の確認を慎重にするとか?」
「ありそうですね……」
僕たちは外国人で、身分証も誰もが登録できる冒険者のもの。入れてもらえるか心配になってきたな。
ゾーラの学術院職員証なら、なんとか権威付けができるかな。
「戦争中で首都も陥落したなら、次に狙われるのはこの街ね。だから慌てて、周りから兵力を募集しているのかも。そっちの受け入れに人を取られて、こっちが混雑してるのかもね」
「それはありそうだなー」
「あ。アンリさん。あそこの人ですけれど」
「どうしたの?」
「知り合いです。わたしを姫と知っています」
僕たちの後ろに来た、数人の護衛を連れた豪華な馬車を指差す。馬車は屋根付き個室タイプで、中の様子は伺えない。窓はついているけど、この距離ではよく見えない。
でも意匠や馬、そして御者の顔なんかから知り合いのものと判断できる。その程度には見ているということか。
「近くの町の統治に関わっている男爵です。首都にも頻繁に来ますので」
「なるほど。貴族なのね」
抜けて馬車に近づいた。貴族としての家格はそれほどでもないけど、お金は持っているらしい。護衛も騎乗しており、周りを油断なく警戒していて、よく訓練されているのがわかる。
私兵、あるいは近衛兵と言うべきか。
冒険者然とした格好の僕たちが近づくのを見れば、腰の剣に手を当てた。警戒はもっともだ。
「待ってください。彼らは味方です。わたしを助けてくれました。男爵、これを」
もふもふから降りたイレイナは、馬車の近くでペンダントを掲げて見せる。
護衛もすぐに反応があったし、馬車の窓が開いた。
恰幅のいい、人の良さそうな男が目を丸くしている。
「イレイナ姫!? ご無事でしたか!? ロプロースが陥落して王族は皆行方不明と聞いて、心配していました」
「はい。あの。彼らに助けていただいて」
「そうでしたか。彼らは首都の民でしょうか?」
「いえ。大きな声では話せないことなので、中に入れてもらえますでしょうか」
「ええ。もちろんです」
「ヨナ。あなたも中に。彼は信頼できます。あなたの事情も教えてください」
「……わかった」
馬車は四人乗り。男爵と、仕事の補佐を務める男。そしてイレイナと僕で乗る。
本来ならば男爵の妻子なんかが乗る馬車なのだけど、それは町に置いてきたそうな。どんどん悪くなる戦況に、周辺の町から貴族を派遣してボンドルの街に集めて対策を取るという。
山道ばかりのこの国では、情報の伝達も人の移動も時間がかかる。男爵が到着したのは首都が陥落してからになってしまったわけだ。
男爵の使用人が城門へ走るのが見えた。権力を使って早めに街に入るためだ。
その間に僕の事情を話す。王家の証であるペンダントなんてものは、ライディオン王家には存在しない。だから口で説明して信じてもらうしかない。
兄たちの死に関わっていることも、ちゃんと話した。
男爵以上に、イレイナの方が驚いた顔をしていたな。親兄弟で殺し合うなんてありえないって顔だ。
仲のいい王族だったんだな。
死んだとされている王子が、何故か生きていて外国に入っている。
こんな情勢だ。戦争中である帝国の人間じゃなくても、外国人は警戒されるに決まっている。
が、男爵は信じてくれた。
「そうですか。ライディアルの王の顔は何度か拝見したことがあります。あなたは若い頃の王に、どことなく似ている。お兄さんにも」
「……」
「あ。失礼をしました。父や兄に追放されたのに、似ていると言われるのは心外でしたか」
「いえ。血の繋がりは仕方ないです。信じてくれるのですね」
「嘘ならば、もっと現実的なことを言うでしょう。それにイレイナ姫のことを知っていたならば、それで十分です。しかし驚きました。ライディオン王家の末息子が亡くなっていたことは承知していましたが、生きていたとは」
生存説は国内で広まりつつあるけど、山だらけの外国には情報の伝達に時間がかかったか。冬の間は人の行き来も制限される土地だものな。
「僕のことはこれくらいで。イレイナ姫のことを話して」
「え、あ。はい。その……」
言い淀んだ。
辛い出来事だ。何度も話すのは気も重くなるだろう。
「イレイナ。ゆっくりでいいのよ。もし辛かったら、ヨナが代わりに話してくれるわ」
「なにやってるのさ」
馬車のすぐ近くにもふもふがついていて、アンリが聞き耳を立てていた。
「だって。気になるじゃない。ほらイレイナ。落ち着いて」
「はい。あの。アンリさん、近くにいてもらえますか?」
「ええ! いいわよ!」
そしてアンリは男爵の方を見る。イレイナも男爵に、縋るような目を向けた。




