8-9.王族最後の生き残り
たしか両者に面識は無い。けれど隣国の君主一家の同い年だ。話は聞いているし意識したこともあるだろう。
平和な世だったら、両国の関係強化のために婚約を結んでいた可能性もあった。
そんな彼女に何もできないとわかっているから、ヴィルレインは苦しんでいる。
「もし保護できたら、丁重にもてなしましょう。我々がそうしないと」
「ああ。そうだな。イレイナ姫には、また両親と過ごしてもらいたい」
こちらは侵略者だが、ヴィルレインは本気でそう考えているようだった。
彼は兄弟との関係が、あまり良いとは言えない。ふたりの兄とは年齢が離れていて、周囲から跡目争いの参加者とは思われていない。本人にもその気はないはずだ。それでも、彼は幼くして聡明な気質を見せている。
兄たちからは警戒されている。本人の意思とは無関係に。それに心を痛めていることをエルマは知っていた。
それでも両親である皇帝と皇后からは愛されていた。たとえ戦場に派遣されたとしても、将来を見越した愛ゆえだ。
その愛のために、兄たちに警戒されているのは皮肉なことだな。
とにかく今は、イレイナ姫の保護を祈ろう。彼女が家族と再開することは、エルマにとっても望むところだ。
翌日、王と王妃は処刑されて、街の中心部にある広場で彼らの首が晒された。
その横には、物言わぬ死体として戻ってきた王子や姫の首も並べてある。
為政者の突然の死に、ロプロースの市民からは嘆きの声が上がった。首の置かれた台の前で跪く者や、うなだれる市民たち。
「どういうことですか!? 殿下!?」
その光景を見たエルマは、すぐに城の謁見の間へ入る。衛兵たちが制止するが構うものか。
ラロシエリの王が座るべき王座には、第二皇子ヴィルドーゾがいた。
頬のこけた痩せぎすの男。手足もひょろ長い。支配者の威厳などには程遠い容姿をしているが、自信には満ち溢れていて堂々と鎮座していた。
周りには、手懐けた女たちが寄り添っている。身に纏っているのは薄い布だけで、体の線が丸わかりだ。
「エルマか。どうした? 俺のハーレムに入りたくなったか?」
「お断りです! それよりも、なぜ国王一家を殺したのですか!?」
「簡単なことだ。邪魔だからだよ。奴らが生きていれば、国民は帝国の統治に反抗する。王族を旗印にして反乱を企てるだろうさ。その芽を潰してやったのさ」
細い顔を醜く歪ませて笑うヴィルドーゾ。自身の行いに絶対の自信を持っているようだ。
彼が得意なのは、権力と金を笠に着た女遊びだけだというのに。将や為政者として成果を残したがっている。
跡目争いを有利に進めるために。
制圧した首都を落ち着かせるのもヴィルドーゾの仕事。王が生きていれば統治に口を出すだろう。それが煩わしいから殺したのが本音か。
しかし、そんなことをすれば。
「市民は我らを恨みますよ」
悲しみはいずれ怒りに変わる。市民が反旗を翻す危険は変わらない。いや、より強くなったと思うべきだ。
宥和政策も取れただろうに、尊敬を集める王を殺せば後は力で市民を押し付けるしかなくなる。
そのために力を割かれれば、進軍は遅くなる。時間を与えれば、ラロシエリの残された領土の者が反撃を企てるだろう。こちらは首都の民に目を光らせながら、これを受けなければならない。
「ふんっ。恨みがなんだ。恨みで人を殺せるか? 戦況をひっくり返せるか?」
「多くの民の恨みが合わされば、そういうこともあるでしょう。恨みは怖いですよ」
「だったら。それをなんとかするのがお前の仕事だ。反乱を起こしそうな奴らや抵抗勢力を徹底的に潰せ。コンランドはやると言っているぞ」
ああそうだろう。不穏分子の取り締まりついでに、第二の略奪を行えるからな。お前が怪しいと言って武器を突きつければ、市民は抵抗できない。金も女も奪い放題だ。
「恨みがなんだ。力の前では無力だ。恨みなんかに負けるはずがない。俺も、帝国もな」
自信たっぷりに言うヴィルドーゾを、周りの女は口々に褒め称える。
くだらない。これが皇帝候補? 帝国はこれからどうなるんだ。
――――
「帝国は冬の間に準備を整えて、国境付近に軍を集めて、一方的に攻撃をしました。もちろん父は何度も使者を送り、戦争をやめるように説得をしました。準備中も、開戦後も。兵を引くよう何度も要請したのですが……」
馬上でこれまでの経緯を話すイレイナ。この歳まで愛されて育った彼女は、戦争という容赦のない暴力行為について話すだけでも辛そうだ。わかっていない事も多いのだろう。
しかし事実として首都は陥落して、きょうだいは全員死んだ。首都に残った両親の安否も不明。
イレイナは孤独だった。
「ひどいわ! やめてって言ってるなら、やめてあげればいいのに! それも何回も無視するなんてひどい!」
停戦交渉を、アンリはそう捉えたらしい。子供の喧嘩じゃないんだから。
気持ちはわかるけどね。
「国家間の戦争なんて、そんなものよ。停戦を申し出るにも、ちゃんと抵抗した上でやらないと。このまま戦っても損害が出るだけって相手に思い知らせて、初めて交渉ができるのよ。簡単に倒せる相手に交渉なんかしないわ」
「でも、そんなの英雄のやり方じゃないわ」
「戦争を仕掛けた帝国の人たちは英雄じゃないのよ」
「なあ。抵抗って言うけどさ。あんたの国の兵士も弱いわけじゃなかったんだろ? そんなに簡単に負けたのか?」
「それは……もちろん、皆さん必死に戦いました。けれど邪魔が入って」
「邪魔?」
「はい。市民の皆さんが……」
「あ。待って。城壁が見えた。続きは後で」
「はい。ちゃんとお話しします。ヨナウス殿下の事情も、詳しく教えてください」
「ヨナでいいよ」
さっきは王子であることを示すために畏まった言葉を使ったけど、ただのヨナとして振る舞うことにすっかり慣れた。イレイナにも砕けた口調で話す。




