8-8.首都陥落
果たして王は、そこに鎮座していた。傍らには王妃が控えている。ふたりとも落ち着き払っており、ここまで敵が入ってきたことに動揺の色はない。
彼の前には、王を守るべく立つ兵士がふたりいた。身を挺してでも守る意思の表れか、重厚な鎧で前身を包んでいてた。
他に王の周りに人はいなかった。使用人の姿はない。それに王子たちも。
非戦闘員は退避させて、子供たちも逃したのか。自身は責任を取らなければならないために残った。
兵も高潔なら王も高潔か。
そんな王に向かってエルマは馬を走らせる。重装備の兵士が槍を構えた。さっきと同じように剣で払いのけようとしたが、敵の狙いはエルマではなかった。
馬の足の付け根に二本の槍が刺さる。痛みに悲鳴を上げた馬の体は大きく跳ね上がり、エルマは振り落とされてしまう。
今まで共に戦場を駆け回っていた愛馬だ。しかしこの傷では助かるまい。既に走ることができなくなって倒れ込んだ馬は痛みに苦しみもがいている。安らかな死を与えるべきだけど、今は王の確保が優先だ。
素早く起き上がり、兵士に向き直る。敵は既に槍を抜いてこちらに向けていた。ジリジリと近づき、ある距離から一気にかけ出し詰める。
突きつけられた槍を剣で払いのけて、兵士に肉薄。振った剣を構え直すよりも早く接近したため、攻撃は単純な体当たりとなった。それでも鎧を着込んだ敵は簡単にバランスを崩して転倒。
取り押さえながらもう一体の兵士を見る。仲間を助けるために槍を振ろうとした彼の側面から、人影がふたつ来た。
ヒンナとヴィルレインだ。ヒンナが振った剣が彼の槍を跳ね上げ狙いを逸した瞬間に、ヴィルレインの剣が鎧の隙間を突いて胴を刺す。倒れた兵士を横目に、ヴィルレインは刺さったままの剣をあっさり手放し控えの武器として持っていた短刀を抜いて王に突きつけた。
「陛下。まだ抵抗を続けるか?」
第三皇子の堂々とした態度を前に、王は微かに顔を伏せた。無念そうな表情をしていたのだろうが、再び顔を上げれば毅然とした顔になっていて。
「双方武器を収めよ! 命を粗末にするな! 儂はもうここまでだ」
乱戦で殺し合いをしている両軍の兵に呼びかけた。
刃と刃のぶつかり合う音が次第に減っていく。エルマも、組み伏せた兵士が抵抗しないのを見て立ち上がり、なおも苦しみもがいている愛馬の首に剣で傷をつけて苦しみの少ない死を与えた。
そして王を見る。王座にいる王と、傍らに立つ王妃。ふたりとも堂々とした態度だが、お互いに手を取り合い強く握っていた。
「殿下、ありがとうございます。後はわたしが」
「任せた」
ヴィルレインが短剣を戻して一歩引き、エルマが代わりに王の前に立つ。
「立派なご決断です」
「兵たちの命は取るな。全て命令でやったことだ」
「はい。わかっております」
「民にも手を出すな。略奪が行われていると報告があった」
「やめさせるよう、総司令に進言します。……跡継ぎたちはどこへ?」
「……」
「逃しましたか。追わせて貰いますよ。そういう命令なので」
「儂らはこれからどうなる? 民の命と引き換えに殺される覚悟は出来ている」
「助命するよう進言します。こちらの都合で始めた戦争。あなたがたを殺せば、帝国の評判は地に落ちましょう」
「そうか」
王座の背もたれに体重を預けた王は、少しだけ安堵の表情を見せて、王妃と見つめ合った。それから。
「帝国はこの戦争を、なぜ仕掛けた?」
不意の質問に、エルマは答えられなかった。
領土拡大。覇権主義の実現。皇帝が栄光を求めた結果、多くの命が失われた。
馬鹿馬鹿しい戦争だとはエルマも思っている。こんなことはしたくない。
女に生まれた身ならば、軍に入らなくても生きる道は他にある。貴族の子息との結婚という将来を、エルマは別に嫌ってはいない。
それでも軍人を志したのは、祖国を守りたいからだ。帝国は多くの国と国境を接しているし、魔物も出現する。そういう物から国民を守りたかった。
攻め込むためじゃない。
「陛下。今はお休みください。今後のことは、今は考えないで。悪いようにはしませんから」
質問には答えず、穏やかな声をかける。そして兵士に命じて連れて行かせた。
エルマ自身はヒンナとヴィルレインを引き連れて、場内に王の降伏を触れ回る。もちろん、戦闘よりも略奪を優先している。コンランドの兵士にも。
戦闘中ならともかく、終わった後に略奪をするのは目立ちすぎる。エルマの部隊の目もあって、略奪行為は行われなくなった。
ヴィルドーゾも、それなりに女を確保できて満足なのだろう。連れ去られた女の解放を求める市民たちが抗議に来るだろうから、その対処もしないと。コンランドはその仕事をしないだろうし。
市民を納得させるには、すぐに女を解放するのが一番だ。ヴィルドーゾがそれを受けるは思えないから、説得は困難を極める。
エルマにとっては頭痛の種だ。
逃げた王子たちは、部隊を編成して捜索に当たらせた。山を逃げて隣の都市に逃げこまれたら厄介だ。
手柄が欲しいためか、コンランドは多くの部隊を山に入らせた。
不慣れな山道を鎧で駆け上がるのは大変そうだったが、成果はすぐに出た。
確保は生死を問わないとの命令が出ていたらしく、末娘のイレイナ以外の子息はみんな戻ってきた。死体となってだ。
イレイナの捜索は引き続き行われるらしい。伴の者も彼女を庇って死んだそうだから、小さな少女がひとりで山道を歩いていることになる。
見つからなくても、遭難して死ぬだろうと、コンランドとヴィルドーゾは話していた。
「悲惨なものだな」
自身も報告を受けたのだろう。ヴィルレインはエルマの部屋を訪れてそう告げた。
「それは、イレイナ王女のことですか?」
ヴィルレインはわずかに頷いた。
「彼女は俺と同い年だ」
「はい」
「俺は、こんな寒い森の中を一人で歩けと言われても無理だ。やろうとも思わない。きっとイレイナ王女も同じだろう」
「ですが、彼女はそれを強いられている。悲惨ですね」
憐憫や同情ではない。ただただ、彼女の追いやられた境遇が悲惨だと言いたい。




