8-2.村社会
ジェスターから頼まれていることが二つある。一つは、狩人仲間への報告。ジェスターが恋人の仇を討てたことと、彼がペガサスを手に入れて旅に出たことだ。
「そうか。仇を討てたのか」
彼らは報告を神妙な顔つきで聞いていた。
この冬にあったことは全て話した。話さないわけにはいかない。もちろん、村と魔物の関係も。
「あの村か。そんなことがあったなんてな。確かに儲かってるって聞いたが」
「どうする? 魔物と協力していたこと、兵士に話すか?」
「いや、よそう。彼らはもう罰を受けた。これ以上追い込むことはない」
「ああ。それにしてもジェスターはよくやった」
「さすがジェスターだ」
「町を去ったのは寂しいが」
「また会えるさ」
「乾杯しよう。ジェスターに」
「ああ。ジェスターに」
慕われているんだな。
彼が言っていた通り、町で快適に過ごすための情報や首都への道は教えてくれた。
首都まで、物理的な距離はそこまでない。ただし相変わらずの山道だから、やはり日数はかかるな。
頼まれのごとのもうひとつは、ジェスターの住処である安アパートの家賃を代わりに払うというもの。
旅に出て町から離れると言っても、永遠のことじゃない。いつかは戻る。
というわけで、この先一年分の家賃を大家に支払った。人の良さそうな大家さんもジェスターの因縁を知っていて、その決着を喜んだ。
「この町の皆さん、みんな良い人ばかりですね」
「そうだね」
宿屋に向かう途中、そんな話題が出た。
「厳しい自然の中で生きるから、助け合いの精神が出来るのでしょうね。見知った人とは、よく協力する。反面、余所者には厳しいはずよ」
「余所者がいたら、仲間内で排除するとか。そういうことだな」
「ええ。地方の気質はそういうものって傾向があるわ」
「でも、わたしたちには親切よ」
「ジェスターの知り合いだからよ」
「だからわざわざ、名前を出せって言ってたのか」
「もちろん、外から来るお金を逃さないよう振る舞う必要もあるし、お金持ちには親切なのでしょうけど」
「お金は大事だね」
「わたしは、お金よりも大事なものがあると思うわ!」
「なんだよ」
「人の心の温かさよ!」
「人情かー。大事なものかもしれないけど」
「余所者を排除する気持ちも人情の一種ですよね。身内を守るという気持ちの裏返しですから」
「そんなのは人情じゃないわ! 人情っていうのは、世の中のみんなと仲良しとか、そういう気持ちなのよ! きっと!」
「アンリも人情について詳しくないじゃねえか」
「詳しくはないけど、わかるの! 世界中の人と仲良くなれるのが理想だって! そして全ての人を助けるの! それが英雄だから!」
「アンリはいつもそれだね。でも、英雄って悪人は倒してるよ。全ての人を助けてるわけじゃない」
「悪人はいいのよ! 殺しちゃえば!」
「ははっ……」
乾いた笑みが出る。
アンリは自分の中に確固たる基準を持っている。救うべきは救って、倒すべきは倒す。立派な心意気だ。
自分の基準で誰かを悪と断罪することに、危うさがあるとは思うけど。世間が悪を悪とみなして、同調するとは限らない。
とはいえ僕も、旅の中でいくつもの悪を殺してきた。実の兄を含めて。
だからアンリへ抱いた懸念は僕にも跳ね返ってくる。アンリの考え方を馬鹿にはできない。
僕にも基準があるのだから。
「世界中のみんなが幸せになるべきって考え方は理想よね。村社会みたいな場所では生まれにくいけれど」
国内をあちこち見て回ってきたゾーラは、経験からわかることがあるらしい。
「自分の村の生活で精一杯だから、余所に構ってる暇はないんだよな。世界が狭いから、身内って考え方も強い」
「逆にアンリちゃんみたいな、余所者も含めて仲良しって考え方は都市部に多い印象ね」
「関わる人も、余所からくる人の数も多いですからね。逆に知り合いが多すぎて、身内の範囲があやふやになりがちです」
「ええ。人が多いと富も集まって、生活に余裕も出るしね。そういう地域では、みんな仲良くの考え方も出てくるわ」
「つまり、わたしの考え方は都会的ってわけね!」
「いや。アンリのは英雄志向なだけだろ」
「悪人は殺す方針だしね」
「悪人以外は仲良くするわ! ……ねえ、ヨナもそうよね?」
急に僕に話を向けてきた。アンリとしては、英雄の子孫としての振る舞いを期待してるのかも。
でも僕は。
「あんまり、大勢の人と仲良くなるのは危険かな。僕はとりあえず、手の届く範囲の人が守れればそれでいい」
そんな返事と共に、横を歩くティナの手を握る。ティナも変には思わず握り返した。
世界中と仲良くなんて、僕には無理だ。
「えー! 駄目よヨナ! そんなんじゃ英雄にはなれないわ!」
「そうだねー。なれなくても、まあいいかな」
「良くない!」
「英雄とかはよくわからないけど、なんか良い雰囲気で手を繋ぎに行く貧乳は気に入らないわね」
「ふふっ。わたしから繋いだのではありません。ヨナ様の方から繋いだんです。ヨナ様は、巨乳よりわたしの方がいいんですよねー」
「なによ! たまたま隣にいただけでしょ! あたしとも繋ぎなさいよ!」
「仲良くしなよ」
「ヨナのせいで喧嘩になったのよ! てかわたしも繋ぎたい!」
「あはは」
「笑うな。まったく。仲間内ですら仲良くなれないのに、世界中の人と仲良くとか無理だよなあ」
「ほらキア。宿屋が見えてきたよ。隣に酒場もある」
「おっ。いいな。ほらみんな落ち着け。静かにしろ。飯にするぞ。今夜は飲むからな」
「駄目です」
「駄目よ」
「なんでだよ!? 村じゃ飲めなかったんだから! 久々にいいだろ!」
「よくありません!」
そんな馬鹿馬鹿しい会話をしながら酒場に入る。




