7-48.皇帝一家
だが、フィネチアには彼が必要だった。それに彼のためでもある。
「異国でもカールがその才を発揮すれば、彼の名は轟く。名声は思うがままよ。もちろん、主人であるわたしも鼻が高いわ」
「彼は歴史に名を残すでしょうね」
「ええ。学園に入れるギリギリの家格の三男坊にしては破格の出世よ。だから、彼には頑張ってもらわなきゃね」
優しい笑顔を見せるフィネチアに、シャーリーも笑みを返した。
「はい。そのために、ビシバシ仕事をさせて鍛えさせます」
「よろしくね」
「フィネチア様の野望のためですから」
ぺこりと頭を下げるシャーリー。けれど知っている。彼女もカールを憎からず思っていることを。
シャーリーとて、決して家格は高くない家の出身。カールに親近感を持っている。
もちろん、同じくらいの格の家の、貴族であること以外に褒める所のない家に嫁がされる将来から、こうして王女に仕える立場まで掬い上げたフィネチアに絶対の忠誠を誓ってるのは事実。だから彼女はフィネチアの意向を最優先する。
けれどいずれ、カールと添い遂げる日が来ることを望んでいる。
彼女にも可愛いところがあるのだ。
数日の旅の間に、馬車は帝国領へと入り、だんだん帝都が近づいてくる。
ヴァルメルン帝国。それがフィネチアの嫁ぎ先。支配者である皇帝一家の姓もヴァルメルンだし、帝都の名前も同じだったはず。
帝国だとか王国だとか言っても、そこは変わらないのだな。ヴァルメルン一家の先祖をたどれば、やはりなんらかの英雄がいるのだろう。
いくら祖先が英雄と言っても、その子孫が優秀な人間とは限らない。うちの王家と同じように。フィネチアは、父もきょうだいも、好きではなかった。
大事なのは血筋だけ。そんなもので人の身分は決まる。だからみんな縋り付く。滑稽だと思わなくもないが、フィネチアが誰よりもそれに固執していたのも事実だ。
帝都では、王国で壮行をされたのと同じような豪華な歓迎パレードが催されて、沿道に帝国民がフィネチアの姿を一目見ようとお仕掛けていた。
大勢の人間にもてはやされるのは気持ちがいい。彼らはわたしが支配する民衆。その姿は見ておくべきだ。ひとりひとりの顔を覚えるなんて芸当はできず、有象無象の信奉者を眺めるだけだとしても、フィネチアにはそれで十分。
馬車の上から笑顔で手を振った。
帝都の中央付近にある荘厳な城の前で、皇帝とその家族が待ち構えている。馬車から降りて挨拶をするフィネチア。連れてきた手下たちも馬車から出る。
その中に、線の細い男がいた。彼がカールだ。フィネチアから強引に学園を退学させられて数年。既に卒業するべき年齢は過ぎているけれど、当時から印象はまったく変わらない。背丈や体格も、態度も。
細くて頼りなさげな雰囲気の彼は、初めての外国と集まった大勢の人々の姿に怯えているようだ。
ふふっ。かわいいわ。
おどおど落ち着かない様子で、絶えず周囲をキョロキョロ見回していて、ついに隣に立つシャーリーに叩かれた。
「痛っ。なんですか」
「両国の婚約者が顔を合わせる、大事な式典だ。落ち着け。フィネチア様の顔を汚す気か」
「そんなつもりは」
「喋るな」
「痛いっ」
また叩かれた。
たしなめられてる姿もかわいい。
外見だけなら、こんなに弱々しい男はいない。けれど彼の真価は書類仕事を任せた時に発揮される。この国でも頑張りなさい。
頼れる青年のことを考えていて、フィネチアは皇帝との会話をろくに覚えちゃいなかった。この皇帝、なんて名前だっけ。まあいいや。
その立場には相応しくなさそうな、陰気で覇気のなさそうな顔だった。歳の割には老いてくたびれた、細い体型の男。正直好きにはなれなかった。
こんなのでも国を発展させたい欲を持ち、戦争を仕掛けるつもりなのだから、人間はわからない。戦争を控える大国の指導者という立場に心労を感じているのか、時折そっと胸に手を当てている。
皇帝たるもの、もっと堂々とするべきなのに。
皇帝の妻は、かなり強気な性格をしている印象。大人しめな夫よりもよほど前向きだ。戦争を望んでいるのは彼女の方と言われても驚きはしない。
三人の皇子も紹介された。自分の夫になる第一皇子含めて、名前はよく覚えていない。シャーリーやカール他、手下に覚えさせて後で教えてもらえばいい。フィネチアは、こういうのは苦手だった。
長男は快活で、ハキハキと喋る男。次期皇帝に相応しい、外向的な人間で安心した。歳も同じくらいだ。
「フィネチア。お会いできて光栄だ。聞いているよりもずっと美しい。どうか俺と共に、この帝国の未来を切り開こう」
「ええ。喜んで。わたくしも、あなたような素敵な男性の妻になれること、誇りに思いますわ」
差し出された手を取る。さっきの挨拶は、彼自身も自分が次期皇帝になるつもりでいる、という意味なのだろう。
皇帝もその妻も、彼の言葉に微かに頷いた。
第二皇子と第三皇子は、また違った反応だ。
次男は微かに顔をしかめた。その方針が気に入らないと考えている顔だ。学校を卒業したばかりの歳らしい彼は、後継者争いに出るつもりか。
こんな厳かな場であっても、気が強く横柄な態度が滲み出ている。どんな人間か、わかるというものだ。
三男はろくに反応しなかった。興味がないのだろう。まだ十二歳くらいの小さな男の子。兄たちがずっと年上だから、後継者争いに参加できないと理解しているのか。この式典にも興味は薄そうだ。
彼は気にしなくていいだろう。兄たちの補佐で一生を終える、つまらない人生を歩む男。
「早速だけど、城内を案内しよう。君の部屋も用意した。必要な物があれば、何でも言ってくれ」
「かしこまりました。殿下が良い人で、本当に嬉しいですわ。わたくしたち、良い夫婦になれると思います」
「そうか。それは嬉しい」
「ですが心配なことが。この国は戦争の準備をしていると、もっぱらの噂です」
「それは……心配することじゃない。いや、フィネチアの気持ちはわかる。確かに、こんな噂があって心穏やかにはいられない」
城内を共に歩きながら会話する。後ろには、それぞれの伴の者かぞろぞろついてきている。
いきなり戦争の話題を出しても、長男は気分を害した様子はない。それはフィネチアの気持ちを慮っての、純粋な善意ゆえだ。
良い人だ。そういう人間は手玉にとりやすい。
「確かに、父上も母上も野望を抱いている。それにヴィルドーゾもだ」
誰だっけ。ちらりとシャーリーを振り返れば、彼女は口だけ動かして「じなん」と言った。あの横柄なそうな男か。
「彼が今回のラロシエリ王国への遠征の総大将だ。もちろん、実際に指揮を取るのは他の将軍たちだが。皇子が自ら軍を率いれば、兵の士気が高まるからな」
「そうですわね」
もちろん、国民からの支持も得られるのだろう。
ラロシエリ王国か。やはりフィネチアがよく知らない国。ライディアルとも国境を接している、山がちの北国らしい。
ライディアルと帝国が今回の婚姻で関係性を強めれば、周囲に邪魔されることなくラロシエリを陥とせるわけだ。
簡単に戦争に勝たれても困るから、良い勝負をして欲しかった。というか、この長男が戦争に行けば良かったのに。
さすがに結婚したばかりの後継者を戦争には行かせられないか。
次期皇帝は、この戦争のために帝国は何年も準備してきたとか、多くの人員と金を費やしたとかの話をしている。
準備なんてどうでもいい。こういうのは結果がすべてなのだから。
「第二皇子殿下のご活躍を祈っていますわ」
ヴィル……なんだっけ。既に次男の名前を忘れていたフィネチアは、自分から向けた戦争の話題に当たり障りのないコメントをして会話を切り上げた。




