7-47.フィネチア
雪山から遠く離れた。ライディアル王国の王都にも雪は降る。しかし大した量ではないし、寒さも雪山と比べれば随分おとなしいものだ。
だから民は、寒いと不平を漏らしながらも、王家の重大なイベントがあれば見物に行く余裕もある。
第一王女フィネチア・ライディオンが隣国に輿入れするために、盛大な壮行パレードが開かれる。
またひとり、城から王族が消える。ただし今度は前向きな出来事だ。
嫁ぎ先の帝国とは昔から良好な関係を築けているが、一方で皇帝は野心家であり領土拡大の意欲を失っていないと言われている。
その皇帝の息子がフィネチアの婚約者。次期皇帝とされる男だ。帝国は皇太子妃の祖国に戦争なり政略なりを仕掛けることは無いだろう。この国の平和は保たれる。
相次ぐ王子の死で揺れる国内だが、これで少しは不安も晴れる。久々の明るいニュースに、王都は沸き立っていた。
「王女様ー!」
「お綺麗です!」
「帝国でもお元気でー!」
豪華に着飾った馬に引かれた、豪華な馬車に乗った、豪華に着飾ったフィネチア。彼女が笑顔を浮かべて手を振れば、観衆は沸き立った。
周りには多くの護衛の兵士。何があってもフィネチアを守るよう王から厳命されている。王が、息子を何人も奪った呪いなるものを恐れているのは明白だ。それに、復活して聖人となったと噂されているヨナウス殿下についても、不気味と考えているらしい。
ヨナウス殿下はドラゴンの件以来、王都に姿を現していない。しかし聖職者たちの間では、ヨナウスは確かに復活して人々を守っているとの認識が固まっていた。
姉の晴れ姿を見るために、このパレードに現れるのでは。民衆が集まっているのには、それを期待する面もあった。
あいにくヨナウスの姿はなかったが、それでも民衆は満足した顔になっていた。
「フィネチア王女、綺麗だったなあ」
「幸せになればいいけど」
「帝国ってどんな所だろうな」
「慣れない国で苦労するかもな」
「いや。むしろ帝国の方が王女の扱いに苦労するかも。金がかかるとかで」
「あの噂本当なのか?」
「ああ。城で働いてる友人から聞いた。フィネチアは贅沢好きだって」
「まあ、あのパレードの派手さを見ていればな」
「ドレスもアクセサリーも、かなり金が掛かってたな」
「馬まで着飾らせるんだから相当だ」
王家は普段、国民に姿を見せない。しかし人となりは、なんとなく伝わってくるもの。暮らしぶりが派手なら、なおさらだ。
フィネチア王女は類まれな美貌を持つが、一方で度を越した浪費家。これが国民の持つ、なんとなくのイメージ。
もちろんそれが全てではない。
「けど王女様は、人を見る目はあるって聞くぜ」
「あー。それは俺も聞いたことがある。学生時代から、優秀な生徒を見つけては声をかけてたって」
「あまりに優秀な後輩を、自分が卒業すると同時に中退させて下で働かせたって聞いたぜ」
「うわー。かわいそう」
「ちゃんと卒業したかったろうに」
「だけど王女の下で働けば一生食っていけるだろ?」
「けど、王女は国を出たぜ?」
「配下を何人も引き連れたって聞いた。そいつも一緒行って、帝国で活躍するんじゃねえか?」
「頑張ってほしいよな。誰かは知らないが」
「ああ。誰かは知らねえが」
知らない相手を見送った民衆は、パレードが終わると三々五々、それぞれの家路へ帰っていった。
――――
帝国に嫁ぐ王女の晴れ姿に、両親は涙を流していた。感動によるものでもあるし、娘と離れることの辛さでもある。フィネチアにはよくわからない理由で、家族が死にすぎた。更に娘と別れるのは辛いのだろう。
しかしこの縁談はフィネチアが望んだこと。
兄や弟が本当に呪いで死んだなら、こんな王室は一刻も早く出るべきだ。
つまりこれは逃走だ。
もちろん他の目的もある。
王家に生まれた女は結婚を強制される。嫁ぎ先は大きく分けてふたつ。優秀な臣下の家か、他国の指導者の家。
いくら優秀でも、家臣の家に嫁いで家格の下がる立場になるなど、フィネチアにはありえなかった。たとえ優秀な人材と王家に結びつきをつくる、国のためと言われても、御免こうむる。
同じ理由で、よく知らない小国に嫁ぐのも無理。
帝国ならばライディアル王国と同格。そこの次期皇帝に嫁ぐなら、王女の今より立場が上がる。これ以外の選択肢はなかった。
だから帝国から、外交的な理由で嫁を寄越すよう打診が来たと知った時には、即座に乗った。
皇帝が戦争を仕掛けようとしていることに、フィネチアは心を痛めはしなかった。むしろ、これで帝国の領土が広がり国力が上がれば、皇后としての格が上がると期待すらしていた。
だから戦争は興味の的だ。もちろん、勝ってくれなければ困る。国が疲弊すれば、王国でしていたような贅沢は出来なくなるだろう。
しかし、ただ勝つばかりでも駄目だ。どう勝つかを考えなければ。皇帝には息子が複数いる。フィネチアが嫁ぐのは長男で、順当に行けば彼が次期皇帝。しかし戦争で弟たちが活躍すれば、跡目争いが起こるかもしれない。
皇帝一家の力関係と、権力者たちの関係性を見極めて、その中でどう立ち回るか。それが重要だし、そのために必要な人材を集めて、共に連れてきた。
夜。帝国までの経由地にある街の、立派な宿の一室にフィネチアはいた。扉の外には護衛。窓の外にも護衛。宿屋の敷地を囲むように護衛が立っていて、悪意ある者が入り込む隙がない。フィネチアの身になにかあれば外交問題になるからだ。
「シャーリー。来てくれる?」
「はい、ただいま」
そんな部屋に、彼女は侍女を呼び出した。学生時代の同級生でもあり、気心の知れた仲。
部屋の中にふたりきりなのもあって、シャーリーはフィネチアに友人としての顔を向けた。
シャーリーは単なる侍女ではない。友人でもある、という意味でもない。
フィネチアの身の回りの世話をする者の統括者でありつつ、彼女の意志を叶えるために動く。フィネチアが集めた個人的な人材の統括もしている。
「カールの様子はどう?」
そんな人材のひとりの様子を尋ねる。年下の男だ。
「かなり参ってるみたいです。環境の変化もあるでしょうし」
「そう。久々に仕事をしないでいい時間だっていうのに」
住み慣れた王都を離れろと言われるだけでストレスだろう。フィネチアが連れてきた人材には女が多く、そこも気を遣うのかも。
女の方が友人にするのに都合が良いし、侍女として連れて行けるから便利。
侍女軍団の中に入れられたカールは、確かに居心地が悪いだろう。男も数人はいるけどね。荒くれ者ばかりで、彼と気が合う感じじゃないから。




