7-45.村の神が死んだ
洞窟の中は暖かく、一晩過ごすのに支障はなかった。
翌朝。吹雪は止んで空は綺麗に晴れ渡っていた。多くの獣が暴れた戦地は、雪で完全に覆い尽くされていた。
「これ、どうなるんだ?」
「春になれば雪が解けて、獣の死体が出てくる。それを別の獣が食うだろうさ。あの魔物の死体含めてな」
雪原の中に木の棒が一本立っている。元はアンリの矢だったそれの近くを掘り返せば、ブブルカの死体が出てきた。
「これ、村に持って帰るべきかな?」
「全部は無理だろ」
「じゃあ、首だけ」
見せれば、村長たちは全てを理解するだろう。
剣でブブルカの首を切り落とし、村まで戻った。道中は不気味なほど静かだった。
もちろん、フラフラと村まで誘導されるように歩く獣の姿も無かった。
村では人々が、当たり前の日常の仕事をしていた。しかし僕たちの姿を見ると、みんな集まってくる。中心には村長。大人たちはみんな険しい顔だ。
カトレアたち若者もいる。大人と同じくこちらを睨みつけている者もいれば、不安げな面持ちの者もいた。
皆、一様に押し黙っている。
歓迎はされないって、わかってたさ。
僕はといえば、切り取ったブブルカの首を掲げて見せる。村人から悲鳴とどよめきが上がった。
「村に生贄を要求していた魔物は、見ての通り殺しました。村長、これが十年前に村にやってきた魔物で間違いないですね?」
「あ……ああ……」
ワナワナと震える村長は、こちらに怒りを抱いたらしい。
「お前たちは! なんてことを! 村に恵みを与えてくれた大切な、大切な!」
「神からの恵みと、前に言ってましたね? これが神ですか?」
「ああそうだ! 神様だ! この村を繁栄させるために神が来たんだ! それを! お前たちが殺した!」
「そうだそうだ! なぜ殺した!?」
「お前たちになんの資格があって! こんなことをした!?」
「神様を返して!」
「神の恵みを返せ!」
「余所者が口を出すな!」
村長を革切りに、口々に糾弾する声が続いた。
彼らは生贄を捧げ続けた自分の所業を棚に上げて、魔物と取引していたことを忘れて、失われた恩恵を悲しみ、怒りをぶつけている。
あるいは十年のうちに、魔物を本物の神と思うようになったのかな。恩恵があったことは確かだ。たとえ犠牲を出したとしても、寒村は豊かになっていた。
彼らの怒りも悲しみも本物なのだろう。
だからって、こちらにぶつけることが許されると思うな。
気づけば手が剣に伸びていて。
「ヨナ様。いけませんよ。怒りに身を任せて人を傷つけるのは褒められません。人間が相手なら、対話で解決するべきです」
ティナが肩に手を置いて、僕の手は止まった。
「アンリさん。もふもふを鳴かせてください。説得はゾーラさん、お願いできますか?」
「あたしがやるの? まあいいけど」
「わかったわ。もふもふ、やっちゃって!」
アンリに命じられたもふもふは、大きな声で嘶いた。元より迫力がある巨大な馬。その声は大きく、村人たちを押し黙らせるには十分。
一瞬の静寂の間に、ゾーラが一歩前に出る。村人たちは怯んだように下がった。
「聞きなさい! この魔物は永遠に村と契約する気なんか無かった! 彼は人間の血を摂取すれば、より獣を強く操れるようになる。いい? 脱力した状態じゃない。凶暴なまでに興奮させるの。村長、あなたならその力に心当たりがあるでしょう?」
ブブルカは一度この村を襲ったし、脅した。大人たちは覚えている。だから気まずげに目を逸した。
「奴は、この村を一瞬で壊滅できるほどの数の獣を軍隊として用意していた。目的は、同じく軍隊を作っていた狼の魔物と喧嘩すること。生贄を要求したのは、その準備なのよ。あなたたちに恩恵を与えるためじゃないし、彼は喧嘩に勝ちさえすれば去ったでしょう。十分に強くなれば、もう人間と契約する必要もないから」
遠くないうちに、この契約は終わり村への恩恵も消える。そもそもブブルカには村なんかどうでも良かった。彼が友と話していたことを説明する。
村人たちに動揺が広がった。けれど村長だけは怯まなかった。
「それが真実だという証拠はあるか!? お前たちが出鱈目を言っているだけだろう!?」
そっか。善良な魔物が村に恩恵をもたらしたのに、部外者が悪と決めつけて討伐した。そういう話にしたいんだ。
仮にそれが真実だとして、なんの意味があるんだろう。ブブルカはもう死んだのに。
己の所業を忘れたいとか、怒りをぶつける対象が欲しいとか。自分たちは正しいと思い込みたいとかだろうな。
無意味だ。
後ろめたいことをしていると理解してたから、隠そうとしていたのだろうに。
それでも村人たちは止まらない。
「その魔物は神様なの!」
「村に必要だった!」
「返せ! 神様を返せ!」
「賠償をしろ! 彼がもたらすはずの金を寄越せ!」
「俺たちの村を返せ!」
そしてついに、一線を超える者が出た。
カトレアの恋人のギードだ。大人たちではなく、若者のひとり。
「俺の! 俺の村は! もっと大きくなるはずなんだっ!」
そう叫びながら彼が鎌を振り上げてこちらに迫る。すかさず僕は前に出た。
なんて言い様だ。自分が勝手に夢を見て、叶わないとなればこっちに責任を押し付けるなんて。
許せない。殺してやる。
一瞬だけ殺意が頭をよぎり、剣を抜くことも考えた。けれどやめた。
さっきティナに言われたから。殺さなくても解決できる。そんな考えが頭をよぎったから。




