7-44.復讐は必要だった
熊の足跡が途中で途切れて、そこから先はジェスターが新たにつけた足跡を追う必要があった。上を木々に覆われた森とはいえ、雪は激しさを増していて、いつ足跡が消えるかわからない。そんな中で急いで探して、なんとかジェスターとパタパタを発見。
ジェスターはコートを脱いでいてずぶ濡れで、寒そうだった。この辛さは僕もわかるとも。白い熊の爪に引っかかったコートを回収して着せるが、それも濡れていて効果はあまりない。
「しっかりして、ジェスター。死なないで。アンリ、彼を後ろに乗せて洞窟まで運んで」
「いや。もふもふには、この熊を運んでもらう」
「キア?」
「必要だよ。自分が殺した仇をよく見るのは」
「……」
キアの真剣な顔に、僕は頷いた。どっちにしろ、議論してる暇はない。彼女は既にローブを用意して、熊ともふもふをつないでいる。
みんなで、パタパタの上にジェスターを乗せる。馬の首に抱きつくようにさせれば、少しは温かいだろうか。
「キア、洞窟の場所はわかる?」
「おう! こっちだ! 急ぐぜ!」
雪のせいで足跡が既に消えかけている。そんな中でもキアは迷うことなく歩いて森を抜け、吹きつける雪で視界が悪い中でも洞窟地帯を歩く。先行するキアも雪のせいで歩き辛そう。だんだん悪くなっていくジェスターの容態もあって、普通に走るよりも遅い現状に焦りを感じる。
魔物ふたりの戦いに巻き込まれた狼や獣の死体が転がるのが見えた。それも既に雪に埋まりかけている。
もちろん、小柄なブブルカの死体もある。
そいつの側に、持っていた棒を突き立てた。墓標ではなく、雪が止んだ時のための目印だ。
やがて、狩人が使う洞窟に、なんとかたどり着く。あらかじめ用意されていた薪に火をつけて、大きくしていく。そこにジェスターを当てて、みんなで体を擦って温めた。
「ジェスター、死ぬな。仇は討ったんだ。これからはお前の人生を生きろ。だから死ぬな」
キアが誰よりも熱心に処置をしていた。
やがてジェスターの体の震えは収まり、蒼白だった顔色もだいぶ良くなった。目覚める様子はないけれど、息はしっかりしている。
「寝ているだけね。あの熊との真剣勝負で、精神的にも負担がかかったのでしょう。しばらくしたら目覚めるわ」
良かった。助かったんだ。
みんな安心して、すると誰のというわけでもなく、お腹が鳴った。
気恥ずかしさで、少しだけ笑い声がして。
「ご飯にしましょうか。なんだか、ずっと食べてない気がします」
「突発的に村を飛び出して、そこから動きっぱなしだったからね」
「この熊を解体して肉を食べましょう」
「白い方も食うぞ」
ブブルカの血で村に向かっていた普通の熊を、野営の際の食料にするつもりだった。けれど今はもう一頭いる。
キアはナイフで血抜きをして、毛皮を剥いでいく。この手の解体作業はキアにしかできないから任せるしかない。大きな熊だけど、問題なく処理していた。
いくつかの肉塊に切り分けて、木の枝に刺して焚き火に当てる。多くの命を弄ぶために殺してきた悪魔だけれど、肉からは美味しそうな匂いがした。
残された白い毛皮は、そんな凶暴な相手とは思えないくらい美しくて、少しの間みんな見つめていた。
「こんな白い熊が、この森には他にもいるのでしょうか?」
「種族として体毛が白い熊がいる可能性は否定できないけど、あれはアルビノね。先天的に、体の色素がうまく作れなかった個体」
「そんなのがいるのですか!?」
「ええ。珍しいから、そこに神秘を見出す文化も地方によってはあるわ。アルビノの蛇を神の遣いと崇めた村の伝承を聞いたことがある」
「珍しいっていうことは、滅多に生まれないのね?」
「それもあるし、白い色って自然界では目立つから。敵に見つかりやすくてすぐに死ぬのよ」
体に模様がある動物は、それを住んでいる環境に溶け込んで見つかりにくくするために利用する場合がある。アルビノはその生存戦略が使えない。
けれどアルビノの熊にとって、雪が多いこの地方は都合が良かった。だから生き延びやすかったし、狩りも成功する。
自分が生きやすい性質を持っていると学んだ熊は、いつしか調子に乗って無用な殺生を行うようになった。そして誰かの怒りを買い続けた。ジェスターやパタパタだけとは限らない。
その結果がこれだ。
「あ、見て! ジェスターが起きたわ!」
焚き火の側で横たわる彼に、全員の視線が集まった。もふもふやパタパタ含めてだ。
「俺は……」
「良かったわねジェスター! 仇は取れたわ! ほら! 熊は死んで肉になったなの!」
「……そうか。俺はやったのか。そうか……」
皮を剥がれ肉を切り取られている途中の熊を見て、ジェスターの顔から緊張が抜けた。
そんな彼にキアが肉を差し出した。
「食え。あいつの肉だ」
「食う?」
「おう。敵は食ってしまうに限る。それが、死んだ奴への手向けだ。アタシもそうしたぜ。父さんを殺した魔物の狼を食った。あれはまずかったなー。こいつは魔物じゃないから、まだマシな味だろ」
ジェスターが困惑した顔でこっちを見たが、僕は頷くしかできない。キアの考え方は未だによくわからないけど、全部本当なんだから。
「そうか。じゃあ見習おう。……お前にも仇がいたんだな」
「父さんが死んだのは小さい頃だったし、そこまで覚えてたわけじゃないけどな。なあジェスター。仇討ちをした瞬間の気持ちって、どんなだった?」
「正直、あまり覚えていない。こっちも死にかけていて。寒くて痛くて。生きるのに必死だった。気がついたら殺していた。……もっと気持ちのいいものだと思ってたんだけどな。今は寂しさしか感じない」
「そうだなー。思ったより、あっさりしたものだよな。復讐しても、あんまり気持ちよくはない。でも、必要だっただろ?」
「ああ。俺がこれから生きるために、復讐は必要だった」
そして彼は、殺した熊の肉を齧って。
「不味いな」
笑顔で言った。
「ああ。不味い。殺し方が綺麗じゃなかったし、血抜きも死んで時間が経ってからだからな」
「こんなもののために、俺は必死に戦ったんだな」
「馬鹿馬鹿しいだろ?」
「ああ。馬鹿馬鹿しい。でも必要だった」
それから、ジェスターは不味い不味いと言いながら、仇の肉を食い続けた。




