7-40.喧嘩の終わり
残数が不安でも戦わないわけにはいかない。パタパタに乗った彼は雪が舞う空に上がった。
確かに、雪はどんどん激しくなっている。
「あいつら、雪に気づいてるのかな」
ロロイスとブブルカの戦いに目をやった。双方とも、殴ったり避けたり、近づいたり離れたりを繰り返している。単純な殴り合いであり、力とテクニックだけで延々と戦っている。
楽しそうだった。動きから伝わってくるし、顔にも笑みが浮かんでいる。
「勝手だよな。自分たちは楽しいかもしれねえけど、アタシらは巻き込まれてる」
「村もね」
「ええ。村に生贄を要求したのも、あの戦いを盛り上げるためなんでしょう? それも十年も」
魔物の執念はよくわからない。
だから、それを強制的に終わらせることに抵抗はない。
周りを囲む獣たちを排除すべく、聖剣を構え直した。
――――
雪が舞っている。ジェスターにとっては見慣れた光景。この後、雪はどんどん激しくなるだろう。
吹雪になれば、魔物たちは撤退するだろうか。しないだろうな。双方とも夢中で戦っているが、人間に狙われていることは理解している。
じゃあどうなる? こちらに自分の軍勢を向ける? ロロイスはそうするだろう。ブブルカは獣の制御を大してできないだろうが、変わらず暴れさせられる。
吹雪の中の戦いは、人間より動物の方が圧倒的に有利だ。たぶん魔物も同じく有利。人間は文明を発展させて、屋内の快適さに慣れきっているから。
だから、彼らが戦いをやめた時、こちらは撤退をしなければいけない。
自身が上空にいて周囲から警告をされる煩わしさから、魔物たちが戦いをやめるのは避けたい。だからジェスターは遠巻きに戦いを見つめていた。
そして見た。洞窟地帯を取り囲むように生える木々の中から、新たな獣が現れる瞬間を。
最初は、その輪郭はおぼろげだった。視界を邪魔する吹雪と、降り積もった雪のせいだ。その獣の体毛が、驚くほどに白いから。
ふと、そいつの顔が見えた。血の色が直接見えるような真っ赤な目。獣は熊の形をしていた。
「あいつはっ!?」
探し求めていた仇を見つけた瞬間、体中の血が沸き立った。
彼を乗せているペガサスも、気づいたのか空中で激しく嘶いた。
白い熊は、血の匂いに反応して来たのだろう。あちこちに死体が散乱して血が流れているのを見て、興奮した様子で吠えた。
――――
ああ。楽しい。
十年前もこうだった。あの時と何も変わらない。全力で殴り合える幸せ。高揚感。他の誰を相手にしても得られないだろう。
ロロイスは、この一帯の王者だ。今もそうだ。
森のさらに奥まで行けば、魔物たちが集まる集落がある。そこにはもっと強い者もいるだろう。軍勢と己を鍛えて、そこに殴り込みに行く計画もある。
が、今はブブルカとの戦いを楽しみたい。彼こそ、このロロイスが王であることを脅かした唯一の存在。互いに認めるライバル。そして友だ。
「ウオォォォォォォォ!!」
咆哮を上げながら、ブブルカへ拳を振り上げる。体の小さなブブルカに当たれば致命傷になりかねない一撃を、彼は避けなかった。先端の無い右腕で拳を受けつつ、横に受け流して接近する。そしてブブルカの方から殴りかかる。真正面から受ける気はなく、ロロイスは一歩身を引いて回避。
ブブルカは迷わずそのまま突っ込んでくる。彼の顔には笑みが浮かぶ。楽しんでいるのだろう。数歩下がってブブルカの攻撃をさばこうとした、その時だった。
横から白い影が割り込んできて、ブブルカの顔を殴った。彼はそちらからの攻撃に気づいていないようだった。
ブブルカの首が折れる。あまりの衝撃に、引っ張られた皮膚が一部裂けて血管も千切れたらしい。どくどくと血が流れた。
顔に笑みを張り付かせたまま、ブブルカは崩れ落ちて動かなくなった。
奴は、なんだ? いつの間に接近した? 奴の来た方向を見れば、そっちにいた狼も獣も、死んでいたか動けない程の怪我を負って倒れていた。
それほどの猛スピードで突進した。ブブルカを、友を殺すために。
このロロイスから、森の王から、最高に楽しい時間を奪い取るために!
「ウオアアアアァァァァァァァァァ! 貴様ぁぁぁぁぁぁ!」
ロロイスの咆哮に白い熊は返事をせず、ただ見つめるだけ。
ブブルカの制御下にあった獣は元に戻った。その殆どは、いくつもの獣の死体が転がる惨状を見て逃げていく。
警戒心の足らない一部の小動物は、ブブルカの血を求めて近づいていく。そして白い熊に踏み潰された。熊はその足を雪上でザリザリ動かして、赤い模様を作る。そして笑った。
雪が血で染まるのが楽しいらしい。次に奴はブブルカの死体を掴んで、雪に叩きつけようとした。より多くの血が流れるからな。血でお絵かきが出来て楽しいのだろう。
理解した。こいつは、前に狼の群れを襲ったやつだ。そして村の方に逃げていった生き残りが、人間たちに討たれた。
白い熊が、全ての元凶だ。
このロロイスから友を奪い、配下を傷つけた。ただの熊のくせに。魔物でもないくせに。
白い熊はこちらを見て、にんまりと笑った。自分はお前よりも強いとばかりに。
森の王の座すらも脅かすと言うのか。
「ふざっ! けるな! お前は! 俺が殺す! ぶっ殺す!」
吠えて、狼たちをけしかける。しかし熊は狼を睨みつけ、大声で咆哮を上げる。




