7-39.狩人の矢
馬のパワーの前に、狼は足をボキボキに折られて倒れる。
僕が動くまでもなかった。
「そこまでです! ゾーラさんの時間は終わりです! ここからは! わたしがお守りしますから! ゾーラさんは代わりにもふもふに乗って、その邪悪な巨乳をアンリさんの背中に押し付けててください!」
「ふふっ。ティナな押し付ける胸も無いものね。哀れなまな板に同情を禁じ得ないわ」
「なんですかー!?」
「アンリちゃん、ティナの背中はどうだった? 硬かったでしょ?」
「ヨナ。今度はあなたが乗って! 馬鹿馬鹿しくて見てられないわ!」
「うん。お願い」
「ヨナはわたしと一緒になるべきなんだから!」
「それはちょっと待って」
「あー! アンリちゃんずるい!」
「ヨナ様なんでですか!?」
もふもふの背に乗った僕を見たティナとゾーラは抗議の声を上げるけど、追いかけはしなかった。立派な角を持つ鹿が迫ってきて、闇の蔓で足止めしたそれの首をティナが切る。切断はせずとも、太い血管を切り裂いたのか毛皮が血で染まった。
息はぴったりじゃないか。
「ヨナ! キアが何か楽しそうなことしてるわ!」
「うん。見に行こう」
「見てないで助けてくれ! 別に楽しくないんだよ!」
キアが熊の背中にしがみついていた。
さっきの猪みたいに、背中をザクザク刺して殺したいらしいけど、熊の抵抗が激しくて苦戦してるらしい。
熊は二本の足で立ち上がり、体を激しく振っている。腕を背中に回してなんとか払おうとしているらしいが、キアは巧みに避けている。
避けてるだけで、キアからも攻撃は出来ていないようだ。
とはいえ熊はキアに夢中で、こっちに気づかない。
「熊覚悟ー!」
不用心にも立っているから、腹や首をこちらに向けている。もふもふの上から熊に矢を放つアンリ。もふもふは走っている上に、雪上だから普段と揺れの感じも違う。しかし窓的が大きければどこかに当たるだろうの精神で、躊躇なく射る。
熊の胸に当たった。急所ではなかったのか、痛がる仕草を見せるが元気なまま。アンリはすかさずもう一射を放つ。
さすがの熊もアンリに気づいたのか、逃げるように背を向けた。しがみついたキアごと。
「おわーっ!?」
迫る矢を視認したのかは知らないけど、キアは即座に手を離し、雪の上に投げ出される。矢は熊の背中に当たった。
キアは心配だけど、熊の方が先だな。もふもふが追いついて、熊の背中を思いっきり蹴った。二本の矢を受けて動きが鈍っていた熊は簡単に転倒。そこに僕は飛びかかり、聖剣を深々と刺す。
すぐに動きが止まった。
「キアー? どこー? 生きてるー?」
「生きてる! あー。冷たい。酷い目に遭った」
雪原から返事があった。雪がクッションになって助かったらしい。雪の中に体を沈み込ませながらも、大した怪我はしてないらしい。
「あんな熊なんかに苦戦するのね! わたしともふもふなら簡単に勝てたわ!」
「あの熊はデカすぎるんだよ。時間をかければアタシだって勝ててたし、アンリが勝てたのもアタシが注意を引きつけてたからだろ」
「そういうことにしてあげる!」
「なんで上から目線なんだよ……あ、雪だ。こりゃすぐに吹雪になるぞ」
雪の上で仰向けになっているキアが空を見る。自然の観察が得意なキアが言うんだから間違いないだろう。
「魔物同士の喧嘩なんか、さっさと終わらせないとなー」
「ええ。キアも早く起き上がって。このままじゃ雪に埋もれちゃう」
「おう。あ、そっちから狼だ」
起きる代わりに一方を指差すキア。寝転んでいるから、雪上を走る獣の足音もわかりやすいらしい。目をむければ、かなりの距離から狼が走ってきた。あれでわかるんだ。
殺せるように身構えたけど、戦う必要はなかった。上空から矢が飛んで、狼を一発で仕留めたから。
パタパタに乗ったジェスターが降りてきた。
「さすがねジェスター! 空から矢を射るなんて、今までやったことないでしょう? なのに簡単にやっちゃうなんて!」
「狙いをつければ簡単だ。それよりアンリ、お前の矢を分けてもらえないか?」
「いいけど、長さが違うと思うわ」
「そうか……」
アンリの矢を一本手にとって、残念そうな顔を見せる。
ふたりの腕力には大きな差があって、アンリの扱う弓は小さく矢も短い。アンリにはジェスターの弓は使えないだろうし、ジェスターの弓でアンリの矢を射ても引きが弱いために威力が出ない。
「矢が尽きかけている」
「そうなの? そんなに攻撃した?」
「元々、あまり矢を持ち運ばないんだ。狩人だからな」
「あー。なるほど?」
「そ、そうね。狩人だったら、そういうものよね?」
なんで狩人だと矢が少ないのか、僕とアンリは理由がわからず目を泳がせる。
「ふたり揃って知ったかぶりをするな。必要もないのに」
「なによ。キアはわかるの?」
「ジェスターは獲物をずっと追いかけて、隙を見せた瞬間に少ない矢で殺すタイプだからな。その方が獲物に余計な傷がつかないから、売るときも高くなる」
「なるほど……」
ジェスターと出会った時も、そういう会話をした。こっちの狩りが雑すぎるとか、そういうの。
「仕方がない。一度使った矢を回収するしかない。雪もすぐに激しくなる。さっさと戦いを終わらせたい」
「上から狙えないか?」
「試みたが、無理だ。魔物たちは夢中で戦っているが、周りを囲む狼や獣がいるから、俺が上空へ行けば気づかれる。狼が知らせるし、獣だって俺に飛びかかろうとするからな。魔物はそれを見て気づく。それに動きが速くて正確に狙えない」
「じゃあ。まずは周りの動物を排除するしかないか」
「そうなるな。俺の矢で回収できそうなのがあれば抜いてくれ。再利用するから」
ジェスターはそう言って、さっき自分が射た狼から矢を引き抜いた。しかし周りを見ても、他に抜けそうな矢は無い。
元々の数が少ないから。




