7-37.狼の軍勢
もちろん熊の向こうにはまだまだ獣がいて、登ろうとしていたり小さいのは回りこもうとしているから、油断はできないけど。
「やってられないわ。疲れた」
ゾーラが座り込みながら、熊と壁面にかかるように闇のカーテンを作った。この安全地帯を覆って上から敵が侵入しないようにだけど、光を完全に遮断するから真っ暗になる。それに。
「これ出してる間は集中力使うんだよね? 休憩にならないんじゃ」
「体は休まるのよ」
「それはそうだけど。暗いから別の方法がいいかなって」
「そうね」
カーテンはすぐに撤去された。同時に鹿と熊を登ってきたらしい兎が上から降ってくる。小さいけれど、歯を剥き出しにして明確な殺意を持っていた。
その一撃を回避して、狭い場所に着地した兎の耳をむんずと掴んで熊の向こう側に放り投げた。弧を描いて飛んでいく兎は、空中でジェスターが放った矢に貫かれて死んだ。
熊と壁の隙間から、リスが一匹入り込もうとしていた。やっぱり凶悪な表情をしている。こんな小さな生き物も従うのか。やっぱり村人たちは捕まえてたのかな。リスって食べられるのか?
考えながらリスを掴んでこっちに引き入れて踏み潰す。その後ろから来ていた狸は聖剣で真っ二つにしてやった。
「可愛らしい小動物を残酷に殺すことに、抵抗はあるかしら?」
「ちょっと心は痛むけど、仕掛けてきてるんだから仕方ないかなって。それに、兎とかは食べることもあるし。いちいち同情なんかしないよ」
「命に感謝はするけど、憐れみはしないのね。ああでも、残酷なことをする少年の姿を見るのは切ないわ。男の子は、もっと平和な方がいい」
「急になにさ。今話さなきゃいけないこと?」
「わたしはね、可愛い男の子を見ている時が一番癒やされるのよ。ヨナくんみたいなね。戦場で少しの憩いの時間があってもいいじゃない?」
「癒やされるのは勝手だけど、この状態で平和な姿を見せるのは無理だよ」
「だったら早く、この戦いを終わらせましょう。聖剣の力で一掃できればいいのにね」
「今の状態だと無理っぽい」
やっぱり、兄が死ぬくらいに感情が乱されなきゃいけないのか。
それにここで放てば、ティナたちが巻き添えを食らう。
熊の体から頭を出して向こうを見れば、もふもふは今も獣たちの中を駆けて撹乱している。上からティナとアンリも攻撃して、確実に数を減らしていた。
僕たちのことは一旦忘れたのか、もふもふに狙いが集中していた。しかし獣たちは統率など無くて、目についた動くものに襲いかかるだけだから、集団で追い詰めるみたいな動きはしない。だからもふもふはなんとか逃げていた。危なくなったら、上からジェスターが援護するし。
顔を出した僕に気づいた兎が猛然と跳びかかってきたから、聖剣の錆にしてやった。
「そろそろ出ようか。ずっと休んでるわけにはいかない」
「ええ。そうね。目立つことはアンリちゃんたちに任せて、あたしたちで周りの獣たちを殺していくって方針?」
「うん。キアも手伝ってくれるよね?」
「いいぜ。けどちょっと出るのは待て」
壁面の一番上まで登っていたらしいキアが、こっちまで降りながら話す。ずっと壁にしがみついて動き回れるんだから、すごいよね。
壁面の頂上まで、大人の身長で三人分くらいの高さがあった。上にもそこを起点として斜面が続いていて、向こうに木々が見える。だから背は低めだけど崖と言えるかも。
その崖の上で、キアは何かを見た。僕にもすぐにわかった。
上から大量の狼が降ってきた。大人三人分の高さをものともせず、地面を目指して跳躍する数十体の狼。こちらに飛び込んでくるのではなく、離れた場所でやり合っているロロイスとブブルカに向かっていた。だから僕は狼の腹を見ただけだ。
華麗に着地した狼は、主人であるロロイスを守ろうとしている。ブブルカのけしかけた獣は好き勝手に暴れまわり、もちろんその矛先はロロイスにも向いている。
だから狼は、獣に猛然と襲いかかっている。小動物は蹴散らして、狼からすれば見上げるような大きさの熊にも躊躇なく飛びかかった。手足に噛みついて牙を深く突き立てて、しかし熊も負けじと立ち上がり両腕を勢いよく振る。口を離してしまった狼が宙を舞う姿は、ちょっとおもしろかった。
熊はともかく、狼はさすが狩りの名人らしく、鹿に対しては強かった。数頭で囲んで急所を狙い仕留めていく。普通の狩りなら鹿は逃げるのだろうけれど、今は興奮状態で積極的に立ち向かってくるって違いはある。だから追いかけ回して追い詰めるやり方はできなくても、逆に勝負は即座に決着がついた。
そんな、獣たちが大乱闘を繰り広げている中で、ロロイスとブブルカは殴り合っていた。ブブルカの方は片手がないにも関わらず、体格が上のロロイス相手に一歩も引かず、白い巨体の懐に潜り込んで左手で殴りつけている。ショルダータックルや蹴り技を多用して、一撃一撃をしっかりと入れていく。
もちろんロロイスも見た目に違わぬタフさを誇り、何度攻撃を当てられても怯むことなく反撃を試みた。狼の一撃は重いらしく、ブブルカはこれに当たらないよう素早く避けている。片腕が無いが故にバランスは悪くなっているだろうけど、それを感じさせない動き。
戦闘スタイルは真逆でも、両者は真正面からぶつかって戦えていた。




