7-34.魔物との契約
ヨナたちが村から出て現象の発生源に行くのを、カトレアは内心で期待しながら見送った。頭の硬い大人たちを振り切りっていく様は痛快ですらあった。ギードも仲間たちと、期待に満ちた顔をしている。
きっと現象の正体を突き止めて、村を大きくする方法を伝えてくれるだろう。未来は明るいと確信できた。
子供たちに雪玉を投げつけられたのには参ったけど。小さな子供には、カトレアのような若者たちも大人の一部なんだろう。村長たちと同じように雪玉が降り注いだ。雪玉では飽き足らず、石を投げ出した時は肝が冷えた。
どこからか持ってきた大きめの石を、数人の子供が力を合わせて運んでくる段になり、大人たちは本気で怒って子供たちを家に閉じ込めた。あんな大きな石、子供の力では投げられないだろう。
その時にはもう、ヨナたちは行ってしまって追いかけるのは不可能。村長たちは項垂れていた。
何をそんなに悲しむのか。仲間が狼に襲われているのを、助けに行ったのではないのか?
やがてペガサスを探しに出た男たちが戻ってきた。カトレアの同志である若者もいて、彼女は無事を喜び、数人の村人が犠牲になったことを悲しんだ。
そして。
「そうか。彼らは行ったんだな」
「洞窟から来た熊の足跡を追いかけるつもりです」
「ああ……では、奴と遭遇するか」
「はい。避けられません」
「……皆を集めてくれ。対策を協議する」
深刻な顔で指示を出す父。その様子にカトレアは我慢がならなかった。
現象について頑なに調査をしなかったからじゃない。原因を知っていて、それを若者たちに教えなかったからだ。
なんで、村の一員で、将来を担う自分たちに何も言わないのか。なんの都合が悪いんだ。
「お父さん!」
気づけば、村長に詰め寄っていた。
「教えて! この村に何が起こっているの!? 現象の理由はなに!?」
その剣幕に村長はぎょっとした顔を見せた。なおも口を閉ざそうとするが、カトレアの後ろにギードたち同志が集まる。
そうだ。自分は一人じゃない。
「もういいだろう。どっちにしろ、この村は終わりだ」
「……ああ」
大人のひとりが力なく言えば、村長もため息混じりに頷いた。
そしてカトレアを真っ直ぐ見る。
「いなくなったベティは、儂らで魔物へ生贄に捧げた」
――――
十年前。雪の多い時期のこと。
喧嘩の結果、ひときわ強い狼に右腕を食いちぎられたブブルカは、フラフラと森の中を彷徨った。滴る血の跡を、獣たちがやはりフラフラと追いかける。途中、近くの村の狩人らしき男に出くわした。
ブブルカが軽く念じれば、意志薄弱な様子でついてきただけの動物は興奮状態に代わり、狩人を襲って殺した。再度念じれば、酩酊したようなフラフラに戻る。
便利な力だ。統率はできなくても破壊はできる。
ふと、殺された狩人の死体が、自分と同じく右腕が切断されかけているのが見えた。獣の一撃がそんなに激しかったのか。
馬鹿馬鹿しいと思いながらも親近感が湧き、開いたままの彼の目を閉じてやった。そして彼の血がついた手を少し見つめる。
血が美味そうに感じられて、ほんの好奇心から舐めてみた。
急に、体がぽかぽかした感覚に陥る。気がつけば、彼の血を夢中で飲んでいた。
人間の血が欲しい。そう考えたブブルカは、近くの村を襲う。
朝、皆が起き始める時間の村を襲うのは簡単だった。村の外れにある家で、外に出て洗濯を始めた女を手にかける。女の血はより美味だった。
引き連れた獣たちを暴れさせれば、こんな村は簡単に滅ぼせる。
だが冷静な心が引き止めた。村人を全員殺しても、胃の容量は有限だ。死体の大半は腐り果てる。その後は? 他の村を襲う?
そんなことはしない。派手な真似をすれば、人間は討伐隊を組んでこちらを殺しにかかるだろう。
こっちは、高い知能を持つ魔物だ。うまく立ち回ろう。
長い時間をかけて己を強化して、今度こそロロイスに勝つために。
だからブブルカは女の死体を手に、村の中心地へ向かった。もちろん村は騒然となった。子供たちは慌てた親に家の中へ隠されたから、何が起こっていたのか把握できていないだろう。
老齢の村長、今の長の父が出てきて、周囲に武器を持つように指示をした。そして、息子夫婦に当時七歳だったカトレアを家に入れて、何も見せないように言う。
魔物と人間が戦って、どんな結果になるにせよ血が流れる。子供たちに、それを見せたくなかったから。
しかし血は流れなかった。少なくともこの時は。
「交渉がしたい。この動物たちをお前にやる。引き換えに生贄を寄越せ」
この先十年残る契約の始まりだった。
村は年に一度、年が変わる時期に生贄を捧げる。代わりにブブルカは一年を通して村に獣を与える。
村にとっては得るものの方が多い交渉だった。自らの手で生贄を選ばなければならない苦役こそあるが。
応じなければ、ブブルカは引き連れた獣を暴れさせる。村は壊滅して人々は冬を越せなくなる。選択の余地もなかった。
こうしてブブルカは洞窟に籠もり、年に一度捧げられる生贄の他、迷い込んだ狩人を襲って血を啜った。それ以外は森の獣や木の実を食べる生活。
この洞窟は狩人が集まる場所だ。慣れていない者はどの洞窟を使えばいいのかわからず奥まで迷い込む。捕まえるのは楽だ。行方不明になっても、山ではよくあることだから周辺の村や町では騒ぎにならない。
あの村とブブルカだけが真実を知っている。
こうしてブブルカは、ライバルへの再戦に備えて準備していた。




