7-32.狼を率いる者
僕は飛び降りて、近くにいた狼に飛びつく。奴の毛を掴んで引き寄せ強引にクッションにすることで、落下の衝撃を和らげた。もちろん、クッションにされた狼は無事では済まず、全ての足が奇妙な方向に折れ曲がって痛みに悶えていた。
止めを刺さなくても、もう動けないだろう。狼は他にも大勢いるから、そちらの対処をしないと。狼たちから転がるように距離をとりつつ腰の剣を抜く。周りに木の枝が落ちてないか探すけど見当たらない。木は沢山あるのにね。雪に埋まっているらしい。
飛びかかってきた狼を剣で叩き落とし、木の幹を背中にして構える。警戒しなきゃいけない方向を減らしつつ、襲いかかる狼を一頭ずつ確実に斬っていく。
アンリはもふもふを暴れさせながら、蹴られて動きが鈍った狼に矢を当てて無力化していった。ジェスターはさらに凄くて、走り回る狼に上から正確に矢を当てて一撃で殺している。
十数体いた狼はみるみる数を減らしていった。
――ワウゥゥゥゥゥゥゥゥ!
「!?」
狼の遠吠え。というより雄叫びか? かなり近い距離から聞こえた。
同時に、狼たちはこちらに背を向けて逃げていく。
「ヨナ。今のって」
「うん。撤退の指示だ」
僕たちが来たことで劣勢を悟り、指示を出した。
明らかに意思を持った者によるもの。
狼の遠吠えが出来る指示者だ。前にホイがやっていたものよりも、ずっと本物らしい。
本物なんだろう。
「ヨナ、あれ……」
「うん」
木々の向こうに、白い影が見えた。大柄な人の形をしているが、毛むくじゃらで頭だけ狼だ。
ジェスターが見たのもこいつか。
こちらを忌々しげに睨んでいる。何様のつもりだ。こっちだってお前が嫌いなのに。
距離があるから、アンリの矢は届いても当たらないだろう。そして弓を構えた瞬間、白い狼は踵を返して逃げていく。
「待って!」
「行くなっ!」
追いかけようとした僕を、村人が止めた。
「行くな……。そっちに、行くな……」
「あっちに何があるんですか!?」
「……」
村長と同年代らしい男は、質問には答えず顔を背けた。なんなんだ。
彼は噛まれたらしく、腕を押さえていた。放っておくこともできず、止血のために布を巻く。
生き残りは数人いたけど、無傷の者はおらず、どこかしらかに怪我を負っていた。放置もできず、応急処置をする。道具もないけれど、死んだ村人の服を切り裂いて巻きつけ止血をした。
ジェスターも、狼を追いたい気持ちを抑えて治療に加わっている。しかし奴が逃げた方向をチラチラと見ている。
「あっちには何があるの?」
「洞窟地帯だ」
「やっぱり、そこに何かあるんだね?」
「間違いない」
そんな会話を、村の男はしっかり聞いていた。そして返事はせずに憮然とした顔で黙っている。
やがてティナたちも駆けつけた。その頃には処置も終わっていて、今後どう動くかを話し合う段階になっていたのだけど。
「村長さんたち、怒ってるでしょうねー」
「まあね。当たり前の顔で戻るのは無理だよね」
「では、行きますか。洞窟に」
「それは……」
狼にやられてしまった死体に目を向けた。彼らは村に返すべきだ。そして、生き残った探索隊はみんな怪我人。歩いて帰ることは可能だろうけど、死体を連れては無理だ。
もふもふを使って引っ張っていくべきか? つまり、村に引き返すってことだけど。
「あれを見ろ」
迷っている中、木の上で周囲の警戒をしていたキアが一方を指差した。
黒い毛並でごく普通の体格の熊が、フラフラとこちらに歩み寄ってきた。洞窟地帯から村へ行く方向だ。
間違いなく、現象によるものだ。
熊が来た道には、しっかり足跡が残っていた。
「これも何かの縁だな」
ジェスターが静かに呟きながら、熊に矢を向けた。自らに向く殺意に熊は気づかない様子で、歩みを止めようとしない。
心ここにあらずといった様子だ。そのまま、急所に矢が当たって動きを止めて、あっさりとナイフで止めを刺された。
「獲物がみんな、これくらい楽に殺せたらいいんだけどな。いや、獣がこんなのばかりなら、狩人なんて仕事はいらないか」
死んだ熊を見下ろすジェスターは、こちらを振り返った。
「こいつは今夜の食事だ。俺はこれから、洞窟へ向かう。ついてきてくれるか?」
断る理由はなかった。
「やめろ。行くな。行かないでくれ……」
「村人さん。あなたたちは自分の足で、村へ帰ってください。遺体は、目印になる木に寄りかからせて、後で回収してください。では」
「待って!」
「いや。行かせてあげよう。後は学者先生たちに任せたい」
「駄目だ。駄目なんだ。この村が……」
若い男が、なんとか止めようとする大人の肩に手を置いた。名札をつけている、カトレアの同志だ。しかし大人は納得しない様子。
この村が終わる。そう言いかけていた気がする。
「行くぜ。あんたたちも、さっさと戻った方がいい。吹雪になるまで猶予はあるけど、歩いて帰るならギリギリになるかもな」
空の様子を見たキアに言われて、彼も諦めたようだ。若い男に連れられて、トボトボと戻っていく。
もふもふにロープで熊を結びつけて引っ張ってもらう。それに随伴して洞窟地帯へと向かった。
「前に狼がいる」
先行するジェスターが報告して、それぞれ武器を手にした。




