7-27.空から見る景色
朝のひんやりとした空気を切り裂き、白い馬が飛ぶ。
機能は吹雪が舞う中での飛行だったし、初めてのことだから、正直落ちないことに必死で周りなんかあまり見ていなかった。鞍も無かったから座る姿勢も安定しなかったし。
だから飛ぶこと自体を楽しむ余裕もなかった。
しかし雪が収まった時間、太陽に照らされながら飛べば、その楽しさは十分に理解できた。
この季節には珍しい快晴。雲ひとつない空を、ジェスターはパタパタと共に飛んでいた。空気は痛いほどに冷たいが、澄んでいて心地よい。馬小屋を建てるついでに貰った鞍も、乗り心地が良かった。
現象の調査には消極的な村の大人たちも、外部からの襲撃は恐れていた。だからパタパタによる空からの監視は許可してくれた。村の上空からは出るな遠くに行くなと、言い含められたけど。
だが大きな一歩だ。キアが村のために働いて、態度を軟化させたのも大きいな。
そのキアは、森の木のひとつに登っている。頂上まで簡単に到達して、恐るべきバランス感覚で木の上に立ってこっちを見上げていた。
「どうだ? なんか見つかったか?」
「すまない! 飛ぶが楽しくて何も探していなかった!」
「なんだよそれ」
呆れた顔を見せられた。
わかっている。いい大人がはしゃぎすぎだ。だが、空を飛ぶなんて人類の大多数が未経験なこと。それを前に平静ではいられない。というか楽しまない方が失礼だ。
それに、空から見た雪山は美しい。雪がかかった木々も、遠くに見える足跡ひとつ無い雪原も、目を見張るほどの美しさだ。太陽の光を受けてキラキラ輝いている。そこに落ちる人馬の影の黒が、よく映えた。ペガサスの羽ばたきが木々に積もった雪を巻き上げ、細かな粒が空中で煌めく。
雪は冷たく恐ろしいが、綺麗でもある。
「気持ちはわかるけどさ、仕事はしてくれよなー。ほら、村長たちが監視している」
「ああ! わかってるとも!」
地上に目を向ければ、村長だけではなく、村のほとんどの人間がこちらを見上げていた。一昨日は狼の襲撃の最中での登場。昨日も若い衆が馬小屋を作るために取り囲んでいたから、大人や小さな子供たちはペガサスをじっくり見ることが出来なかった。
それが今日、こうして飛んでいる。みんな夢中になるのは当然か。
子供たちなど大騒ぎで、興奮した顔でこちらに手を振ったり、自分も乗せてとぴょんぴょん跳びながら声をかけていた。
悪いな。このペガサスは一人乗りだ。子供だけ乗せるわけにはいかないし。地面から見てるだけで満足してくれ。
そんな優越感を味わいながら、ジェスターはしばらく飛び続けた。山は静かなものだった。鳥たちは驚いてこちらに近づこうともせず、地上には村の人間以外動くものはない。獣たちは木々に隠れて行動しているのだろうな。
足跡すら見つからない。一応、仕事は果たすつもりだった。村の周囲に異変があれば見つける。
しかし村の外周部を回るように飛んでも、何も見つからない。村から離れるなと言われているから、遠くまで見に行くことは出来ない。だから目ぼしいものが見つからなくても、これは村長のせいだ。
もちろん、襲撃の兆候が見つからないというだけでも成果ではある。とりあえず村人たちは安心できるのだから。
それに、ジェスター個人として見つけたいものもあるし。
正確には、ジェスターとパタパタふたりの敵だ。
「俺たちは同じ仇を持っている。かならず見つけ出して、殺すぞ」
ペガサスは空中で、同意するように小さく鳴いた。言葉が通じていると見ていいのかな。
白い熊。ジェスター自身は見たことがない仇の姿を探して、周囲を見渡す。
「……うん?」
ふと、遠くに足跡を見つけた。珍しいものじゃない。一昨日夜を明かした洞窟の近くの、別の洞窟。狩人たちには定番の野宿場所である洞窟地帯の奥の方に入るように伸びた足跡だ。遠くだから、どんな動物のものかは判別できない。
狩人たちは手前にある大きな洞窟しか使わない。そこには人の臭いが染み付いているから、獣はあまり寄りつこうとしない。けれど、別の洞窟には獣が居着いているのだろうか。ありえる話ではある。
野宿を試みる狩人と遭遇したら危険かもしれない。今度狩人仲間に情報共有しておこう。
そのまましばらく滞空して洞窟を見ていたら、中から立派な鹿が姿を現した。軽やかで俊敏な動きをするはずの獣なのに、今はゆっくりと、むしろフラフラと意思を感じさせないような歩き方をしている。
しかも村に向かっているらしい。
まさか。
「キア。現象の発生源が見つかったかもしれない」
高度を落して、相変わらず木の上にいるキアに話しかける。
「村の狩人が大きな鹿を捕まえたら、当たりだ」
「どういうことだ?」
「一昨日泊まった洞窟があっただろう?」
今見たことを説明すれば、キアも真剣な顔になった。
「確かに手掛かりだな」
「俺はこのまま洞窟の監視を続ける」
「いや待て。村長がこっちを見ている」
確かに地上に目を向ければ、大人たちは険しい顔をしていた。
あの方向を注視してるだけで警戒されるのか。
「後でみんなと相談しよう。ひとりで動くのは無しだ」
「ああ。わかった。気づかなかったふりをする」
その後しばらく、村の周りを飛び続けた。何も気づいていない風を装って、何もない方向に目を向けて観察するふりもした。
遠くに町が見える。遥か遠くには大雪原もある。あの尾根を越えた所には王都があるはずだ。
幸いにして見るべきものは沢山あって、誤魔化す時間も退屈はしなかった。ただしどうしても、洞窟地帯に目が行ってしまう。
しばらく後、村の男たちが大きな鹿を運んでいるのが見えた。さっき洞窟から出てきたのと同じ模様だった。




