7-26.旅の話し
僕はまだ熱があるから、家から出るなと厳命されてきた。窓から外の様子を見るしかできない。
「安心しろ。足の怪我も大したことはない。この程度の腫れならすぐに引く」
ジェスターが僕の足を見ながら診断する。たしかに足首に噛み傷があり、赤く腫れている。立ち上がると少し痛い。けれど歩けない程ではないし、最初に比べれば腫れも痛みもマシになっていた。
「それは良かった。噛まれてゾンビになるとかより、ずっといい」
「ゾンビ?」
「前に行った町で、そんな事件に巻き込まれたんだ。死体が魔法の力で起き上がって人々を襲う。さらに強力になれば、噛み付いた人間をゾンビにしてしまう」
「魔法……そんな恐ろしい存在が、なんで」
「作ったのはゾーラの師匠だよ」
「なん、だと……」
ジェスターとはだいぶ打ち解けて、砕けた感じで話せた。
ゾンビ事件では苦い思い出もあったけど、それ含めてあったことを話した。
すると、他の出来事にも興味を持ったらしい。昨日のカトレアと同じように、町の外に興味があるのかな。あるいは外国の町に。
ジェスターはこの山一体から出たことがない。行動範囲は広いけど、大都市なんかは見たことがない。
だから僕の話に興味を示した。もちろん僕の正体は隠して話したけど、楽しそうに聞いていた。
「そうか。いい経験を積んできたんだな。旅か。少しだけ憧れる気持ちはある」
「もちろん、仇を討つまでは森から出られないだろうけど、果たせたら旅に出るのもありだと思うよ」
「ああ。元から、狩人としての生活は捨てるつもりだったから」
「僕の話の中で、どこか行きたい場所はあった?」
「そうだな海が見たい」
「いいね。綺麗だったよ。見渡す限りの水と、そこに浮かぶいくつもの船。港の賑やかさも良かった。サハギンに襲われたりもしたけれど」
「海には海の敵がいるのだな。それでも興味深い。俺は山と雪しか見てこなかったから。それから、この国の首都も見たいな。祖国への愛着は当然ある、どんな場所なのか良く知らない」
「パタパタに乗れば、すぐに飛んでいけるだろうね」
「空を飛べるのは便利だな」
ジェスターも窓の外を見ている。作りかけの馬小屋をパタパタが見つめていた。
なぜか、その目つきが険しい気がした。
ちなみに馬小屋は、もふもふとパタパタそれぞれの居場所が区切られている造りだ。隣り合っていて顔を擦り合わせることはできるけれど、相手の方には行けない。子作りができないように出来ている。
ゾーラがその仕様は譲らなかったし、若い衆も賛成した。家畜は財産だけど、飼育するのに費用はかかる。無計画に増やすのはまずいというのは、村に生きる人たちの共通認識らしい。
「ああ。行きたいな、海に。ヨナは冬を越したらどうするんだ?」
「僕の異能の正体を掴むために、ジェイザックゆかりの地を巡る。この国にも伝説はあるそうだから」
「ああ。俺もいくつか知っている。案内してやろう」
「うん」
窓の外で、馬小屋はあっという間にできてしまった。二頭それぞれの部屋に名札をつけて、それはカトレアたちに書いてもらった。読み書きの練習の一環だ。書き慣れていない下手な字だけれど、しっかり読める。カトレアたちは己の成果を満足げに見つめている。
村の方を見れば、キアは今日も屋根の雪を落とす仕事をしていた。
村長たちから怪しまれていても、軽々と屋根に登れる能力は重宝されている。少なからず感謝されているし、村人から頼まれてはお礼を貰っている。
「昨日の狼の襲撃。あれの根本の原因を調査してくれという声が上がったのも、ああやって村人と仲良くなったからだろう。警戒を解くには、友になればいい」
「……うん。わかる」
「ヨナにも経験が?」
「大嫌いだった兄と久々に再開して和解した時、今までの憎しみが嘘みたいに消えた。たぶん、村長たちとも同じことは起こる。警戒して敵意を向け合うだけが、人との関わり方じゃない」
「ああ。そうだな。ヨナ。どうも君は、随分と複雑な人生を歩んでるみたいだな」
「……かもしれない」
「いつか教えてくれ。旅の話と同じくらいに興味がある」
「ええ」
もしこの先もジェスターと共に行動するなら、僕の正体も教えないとね。
ジェスターはなおも、外をじっと見つめていた。キアを見ているのではなく。
「今日は狼の襲撃は無いな」
呑気に会話をしている間も、彼は敵への警戒を怠らなかった。
「まだわからないよ。いつ襲ってくるかわからない」
「その通りだ。けれど確率は低い」
「どうして?」
「狼は意思を持って攻撃してきた。そして襲撃は失敗した。ならば、次はもっと準備をするはずだ。大軍勢を率いるとかな」
それを、昨日の今日で用意はできないと。
「だから、もう少し時間をかけて行うはずだ」
「でも、そもそもなぜ、この村を襲うの?」
「わからない。敵の正体がわかれば推測もできるだろうが。何者なんだろうな。……ヨナ。旅の中で、狼の仲間になった男の話をしていたな」
「ホイのことだね。彼は確かに狼の中で生きていたし、今後もそれを願った」
「人間と動物が意思疎通できるのは、難しくないのかもな」
「アンリともふもふを見てたらね」
「俺も、パタパタとわかり合えた自負はある。だから、野生の狼を手懐けて軍勢にする人間もいるだろう」
「異能でだけど、魔物を手懐ける人間も見たことがある」
「そうか。ならば狼を手懐ける異能の人間かもしれないな。あるいは魔物かも」
それはありえそうだ。
「とはいえ、まだ何もわからない。村を襲う理由も」
「詳しく調べるしかないか……村の現象との関係は?」
「わからない。来た方向が違うなら、今の所は無関係と考えるべきだ」
「狼が来た方向、僕は知らないんだけど」
「村人が話しているのを聞いた。あっちの方からだと。ちなみに獣が来るのは向こうだ」
「なるほど」
僕たちが見ている窓の向こうで、今まさに村の大人たちが狩った獣を運んでいた。大きな猪だ。
「あれだけの獲物を手間なく仕留められる。近隣の村にとって羨ましくて仕方ないだろうさ」
けれど、狩人たちの顔には不安の色も見て取れた。
村に異変が起こっているのは間違いない。楽なはずの狩りに行った途中で、また狼に襲われないかと心配していたのか。
「この村の周囲に、正体不明な物が三つある。現象の正体と狼を操る何者か、そして白い熊だ」
「複雑だよね。それについて探るのも難しいと来た」
「なんとかなるだろう。こっちは空を飛ぶ手段を得たのだから」




