7-23.ペガサスに乗る
それに空を見上げるまでもなく、雪はどんどん強くなっている。急いで戻らないと。そして人間の足で村へ向かっても、途中で立ち往生してしまう。
馬の足で帰らないといけない。それか飛ぶとか。
もふもふの背中に三人は乗れない。
「というわけでジェスター、パタパタに乗って!」
「俺が!?」
「そうよ。他に誰がいるって言うの?」
「確かにそうだが……」
ジェスターは困惑した顔になったが、パタパタに仲間意識を感じたのも事実。
雪に振られながら、ジェスターはパタパタの毛並みを撫でながら語りかけた。
「俺の恋人はきっと、お前の仲間と同じ奴に殺された。俺は、奴を殺して仇を討つために猟師をしている。お前はどうだ? 手を組まないか?」
パタパタはジェスターを見て、血のついた木の幹を見て、もふもふを見た。もふもふが頷いて、自分の背中を振り返る。乗っているアンリと同じことをしろと、パタパタに伝えたのだろう。
ヒンと小さく鳴いてから、パタパタは膝を曲げて背中の高さを落とした。
「乗れと言っているのか? ありがとう」
「翼に足が当たらないのだけ、気をつけてね!」
「そうだな」
パタパタ的にも、それは嫌なのだろう。背中の上で少し位置を調整。元々小柄なペガサスなのもあって、翼を避けたら乗れるのはひとりだけみたいだ。
不意に、パタパタが翼を大きく広げた。
「うおっ!? 飛ぶのか!? いや待ってくれ! そういうのはもう少し慣れてから!」
パタパタには鞍も手綱もついていなくて、ジェスターは足で胴体を挟むのと、首に抱きつくしか落馬を防ぐ方法がなかった。
が、パタパタは容赦なく翼を羽ばたかせた。ペガサスの体がふわりと浮き上がる。
「ジェスター! 村の方向を指さして、そっちに連れて行ってもらえ! もふもふがそれを追うから!」
もふもふの上によじ登り、上に声をかける。白いペガサスの体が、雪や雲と同化して見にくい。
「わかった! パタパタ、あっちだ! うわっ!?」
空を飛ぶなんて、人類のほとんどがしたことない経験。それに突然直面しているジェスターは戸惑いながらも、必死にしがみついていた。
空中を優雅に飛ぶパタパタを、もふもふが地上から追いかけた。
「あはは! 速い速い! ペガサスって本当に飛ぶのね! わたしも飛んでみたいわ!」
「ペガサスは一人乗りっぽいからなー」
「もふもふも飛べたりしない?」
「無茶を言うな……うわっ!?」
もふもふのテンションも上がっているのか、ヒンと短く鳴いて、雪上で大きくジャンプした。アンリにしがみついて落ちないよう頑張るキアと。
「いいわ! もふもふも嬉しいののね! もっと高く跳べる!?」
同じようにテンションが高すぎるアンリ。大声で笑って、雪が口に入ろうがお構いなしだ。
「おい! 煽るな! 落ちそうになるから! おい!」
「でもパタパタはもう先には行ってるわ! こっちも急がないと迷子になっちゃう!」
「急ぐのにジャンプは必要ねぇ!」
「楽しいじゃない!」
「こっちは落とされないかヒヤヒヤしてるんだよ!」
「あははー!」
――――
翼のある馬に乗って空を飛ぶ。こんな経験をする日が来るなんて考えたこともなかった。この森にペガサスがいること自体初めて知ったし。
何年も猟師をしているが、知らないことだらけだ。仇である白い熊も、どこにいるのか未だ知らない。
ただし、知っていることもある。
聞き慣れた雪の音がする。
ボトボトと、あまり綺麗とは言えない音。速く飛んでいるから、雪が強く体に当たっている。
空は地上よりも、音を立てる物が少ない。パタパタの羽ばたきくらいだ。
だから雪の音も普段より大きく聞こえた。
「お前も聞いてきたのか、雪の降る音を」
パタパタはちらりと振り返り、短く鳴いた。
「そうか。この音を、俺はそんなに好きではない。綺麗な音とは思えない。雪自体がそんなに好きじゃないからな」
これは冷たく、重い。人々の生活を邪魔する厄介な相手。
ただし、時々途方もなく美しいと思うことがある。
「俺たちは雪の中で生きなきゃいけない。だから仲間だ」
パタパタがどれだけ話を聞いているのかは知らない。理解できているのかも。でも、絆は確かに感じられた。
やがて村が見えてきた。ちゃんと帰ってこられたな。
ところが異変が起こっていた。何頭もの狼に襲われているようだった。
ヨナたちも戦っていた。さすがの強さを見せているが、雪の村での戦いには未だ慣れないらしい。屋根から落ちた雪に埋もれて藻掻いている。
まずい。
「ここで止まれ! 上空で静止できるか!?」
パタパタは短く鳴いて、指示どおり滞空した。
翼が上下するために、微かに揺れている。弓の狙いがブレそうだ。しかし揺れは一定で、慎重にやれば修整できる。
ヨナがなんとか雪から脱出したのと、狼が飛びかかったのは同時だった。
すかさず矢を放ち、狼の首を射抜いた。
ヨナがこちらを見上げて、不思議そうな顔をしている。ああ、なにがあったかわからないよな。
こっちも突然すぎて、どう説明するべきか困っているんだ。
――――
ジェスターが飛んでいるわけではなく、彼が空飛ぶ白馬に跨っていると理解するのに、時間は掛からなかった。
いや、空飛ぶ白馬ってなにさ。そっちの方が僕の理解を超えていた。
しかし馬は滞空して大人しくしているし、ジェスターは僕を助けてくれた。馬も味方と断定していいだろうと考えながら、立ち上がって腰の剣を抜く。
狼はまだまだいて、明確な意思を持って人間を襲っている。
「来い! 僕が相手だ!」
雪まみれで体が冷える。狼に噛みつかれた足も痛い。けれど構わず敵を探す。
蔓が足に絡まって動きが止まった狼を斬り捨てる。
村長が、ひときわ大きい狼に追われていた。良い印象がある人ではないけど、殺されるのを見るのも気が引ける。助けに行った。




