7-22.パタパタ
馬上のアンリも矢を放ち、熊に当てていく。
この矢に紛れるようにして、ジェスターも物陰から矢を放つ。関節部分を狙って、動きを止めることを優先。それも、自分の存在を熊に知られないよう慎重に。
熊は、自分に刺さる矢は全てアンリによるものだと思っている。ジェスターに気づいていない。熊の知能の問題でもあるけど、ジェスターの矢の放ち方に依るものも大きかった。
一頭の後ろ足に矢が刺さり、咆哮があがった。雪上に倒れ込んだ熊をキアは見ながら、ナイフを口に咥えつつ近くの木に登る。
痛みに悶える熊が仰向けになった瞬間、飛び降りて喉にナイフを刺した。まだ微かに息がある熊の腕に捕まらないよう、素早く転がって退避する。
目論見通り、熊の鋭い爪は余裕で回避できた。
ただし、普段の感覚でやって失敗してしまった。今のキアは毛皮の上着を着ていて、それを計算にいれておらず、爪に引っかかってしまう。
「あっ。やべっ」
雪上に倒れ込んだキアに、喉から地を流した熊が覆いかぶさろうとした。下敷きになると、大怪我は免れない。けど逃げる余裕はなくて。
同時に、背後から白い影が飛んできて、熊の顎を蹴飛ばした。
そう、飛んできた。走ったのではなく、滑るようにキアの頭上を通って熊に当たった。
その僅かな隙にキアは起き上がって熊から離れる。
白い影の正体は、ペガサスだった。今も熊の上を飛んで奴の気を引いている。
群れの生き残りがいたのか。それが、助けてくれた?
「キア! 残りも倒しちゃって!」
「お、おう!」
声を掛けられて我に返る。そうだ、熊はまだいる。ペガサスが惹きつけているのは、既に衰弱して死を待つだけだけれど、他にも二体いる。
いずれも体中に矢を受けて、動きはだいぶ鈍っていた。それでもこちらへの殺意は衰えていなくて。
「そっちに行ったわ!」
「よし任せろ!」
キアに向けて猛然と駆け出す熊。足を負傷しているからか、走りは力強くも速度はそれほどでもない。キアは近くの木に逃げて、幹に取り付いて登った。熊は、木に頭からぶつかるなんて愚かな真似はせず、幹に抱きつくように立ち上がりキアを睨んだ。
熊も木登りはできる。けれど足を怪我していては無理だ。両腕で木に掴まったキアは、立ち上がった熊の鼻を蹴飛ばす。熊の痛そうな叫びを聞きながら、もう一発。
その痛みに紛れるようにして、アンリが熊の首筋にいくつも矢を射る。これだけやれば致命傷にもなるだろう。背後から射られたことに気づいた熊が振り返っても、もう遅い。
もふもふが突進。前足を上げて、熊を木の幹に押し付けた。アンリは至近距離から更に矢を放ち、キアも降りて熊の体をザクザクと刺す。
やがて熊は動かなくなった。
ジェスターの方を見る。最後の熊も、彼に急所を射られて絶命していた。アンリが射るよりもずっと少ない矢で仕留めていた。
「終わったか」
「そうみたいね。うわっ!? もふもふ!?」
もふもふが急に動いた。今日は落ち着かないな。
向かう先には、純白のペガサス。
さっき蹴った熊は既に絶命していて、地面に降り立ちもふもふを見つめていた。
黒と白の馬は近くまで寄り合い、お互いを見つめて、それから顔や体を擦り合わせている。心なしか、嬉しそうに見えた。
乗っているアンリは振り回される形になるけれど、楽しそうでもあって。
「ふふっ。このペガサス、メスなのかしら。もふもふってば恋人を見つけたのね! やるじゃない!」
出会ってから急すぎるだろ。馬とペガサスって、つがいになるのかな。そんな疑問は、一旦考えないことにした。
ペガサスはもふもふと比べて一回り小さく、華奢な印象を受けた。たぶんペガサスという種族みんながそうなのだろう。体が軽くないと飛べないから。
もちろん、羽を広げたら結構な大きさになる。
「こいつはなんだ? この群れの生き残りか?」
「だろうな。群れから一晩逸れていたとかで、ようやく合流できたらこうなっていた」
一晩の間に、群れは白い熊に襲われて全滅して、死体が弄ばれた。よく見れば、胴体から無理やり引きちぎったと思しき白い頭が、血塗れの木の側に落ちていた。
白い熊が満足して去って、さっきの熊たちが餌を見つけたとばかりに食べていて、その場にペガサスは鉢合わせした。変わり果てた仲間の姿に呆然としていた所を、熊は見つけたのだろう。
直後、もふもふもそれを察知して、ペガサスを助けるべく飛び出して戦闘が始まった。ペガサスはもふもふを仲間と見なして、仲間の仲間であるキアを助けるべく動いた。
これが、さっき起こったこと。
「命拾いしたのか。いや、仲間が死んで孤独になったのだから、不幸なのかもな。……そうか。お前も一人か。仲間を白い熊に殺されて」
もちろん、ペガサスは答えない。けれどジェスターは仲間意識を感じたらしい。
ペガサス側も、なんとなくジェスターの気持ちを理解したのだろう。近づいても嫌な顔はしなかった。
「ふふっ。ジェスターも、パタパタと仲良くすればいいわ!」
「パタパタ?」
「このペガサスの名前よ! パタパタ羽を動かして飛ぶから、パタパタ!」
「勝手に決めるなよ……」
相変わらずの名前の付け方だけれど、当のペガサスは嬉しそうに鼻を鳴らした。アンリにとっては、もふもふと同じで既に友達らしい。
「ほら、ジェスターもパタパタに触って。馬は真正面に立っちゃ駄目なの。もふもふは特別だからね。横に立って軽く触って、それから毛並みを整えてあげれば喜ぶわ! やり方も教えてあげる! ラルフっていう、馬を飼うのが上手い友達から教わったの!」
死んだ知り合いの教えはジェスターへと受け継がれた。やり方に従って撫でれば、パタパタは心地よさそうに鳴く。
孤独を突きつけられた直後だからか、人間にあっさり懐いてしまった。
それはいいんだけど。
「なあ。このペガサス」
「パタパタよ!」
「……パタパタ、どうするんだ? 連れて帰るのか?」
「当たり前でしょ! このままにはできないわ!」
「そうか……。でもまあ、アンリの言う通りではあるな」
群れを失ったパタパタが、この先一頭で生きていけるとは思えない。見殺しにするのも気が引ける。




