7-19.王都の話
翌朝。吹雪が収まるのを待って、村の隅に案内される。村長派の大人に監視されている気がしたけど、気にはするまい。
なるほど、空き家だ。現象が起こる十年以上前に、貧しさから亡くなった家族が住んでいた家を、カトレアたちで手を加えて快適にしたもの。ちゃんと住める立派な家だ。
ギードたち同志も集まってきた。そこで王都の話をする。みんな興味津々で聞いていた。
「ええっと。何から話そうかしら。王都にある重要なものといえば、図書館かしら」
「図書館?」
「ええ。本がたくさんあって、市民は自由に読めるの。それが街全体の知的水準を底上げする。それが、技術の発展に繋がって、街が発展するの。知識が街を大きくするのよ」
カトレアたちにとっては、本に触れる機会自体が無かったのだろう。初めて知ったとばかりに驚いていて。
「すごい……図書館って、王都にしか無いものじゃないんですよね?」
「ええ。大きな街にはあるわ。規模は小さくなるけどね」
「うちの村にも作ろう! 最初は数冊でもいい! これで村の、知的水準? を高めれば、町に近づける!」
ギードが声を上げれば、周りから賛同の声が上がる。
そうだね。本は大事だ。そういう所から始めるのはありだ。
ところで。
「皆さんは字を読めるのですか?」
「え? 字、ですか?」
「本を読むには文字をわかっていないといけませんよ」
「そうね。知的水準を上げるには、本の普及の前に識字率を上げないと」
カトレアたちは顔を見合わせた。識字率がわからないのか。
「あの。王都の人はみんな字が読めるのですか?」
「市民の半分以上はね。学校教育は貴族しか受けられないけど、ある程度生活に余裕がある市民は読めるわ。ティナもそうよね?」
「はい。父から教わりました。父は、小さい頃に教会の神父様に習ったと言っていました」
「教会が子供たちを集めて字を教えることがあるのよ。神の教えを広めるのにも、人々が文字の読み書きを理解している方が都合がいいとか、そんな理由で」
もちろん、教会にもそれが出来る余裕があるのが必須。これは、聖職者の人材が豊富な王都独特の文化だろうな。
ポカンと口を開けるカトレアたち。よし。
「まずは字を教えることからだね。読み書き出来るようになれば、カトレアたちは村の子供たちに教えられる。こうやって、村の知的水準が上がっていく。本も読めるようになる。ゾーラ、教えてあげて」
「またあたしの仕事なのね。いいけど」
「アンリさんやキアさんや、ホイさんに教えてましたものね」
「ホイよりは教えやすそうね。また、みんなで名札作る?」
「いいと思います! この家の中の物だけでもやりましょう」
なんだかんだ、ホイに文字を教えるのは楽しかった。たとえ成果が出なかったとしても。
というわけで。
「布とハサミをたくさん持ってきて」
同じやり方をしよう。
ゾーラの指示に、若い衆は一斉に動き出した。
布をハサミで切って名札を作り、まずは僕たちの名前を書く。次にカトレアやギードたちの名札も作る。
自分の名前をどう書くのかを、彼らは初めて知ったらしい。貰った名札を嬉々として胸につけた。
そんな作業の合間に、王都のことを話す。学問のことだけじゃない。
外見の豪華さを競う合うような屋敷が立ち並ぶ貴族の住む地域や、大きな店が立ち並ぶ大通り。そこで食べられる食事の数々。そういう王都の話をして、カトレアたちの興味を大きく引いた。
王都で食べられた食事のひとつが、ティナの作る惣菜パンであり、実際に作ればカトレアたちは夢中になった。いつか王都に行って、店で食べたいとまで言う始末。
店は既に王都には無く、隣のガリエル領に移転して外国人にも受ける形で進化しているのは、説明が面倒だから黙っておいた。
それから、文字を教えるのにこんな方法を思いついた経緯も。
ホイという男と出会った時の戦いを、カトレアたちはかなりの驚きと共に聞いていた。旅人を攫って生贄に捧げる村というのは、かなり刺激的な話だったらしい。
「旅の中でそんなことがあったのですか……皆さんは、危険をくぐり抜けて来たのですね」
「まあね。危険なことには沢山向き合ってきた」
「この村には、そんな因習は無いので安心してくださいね」
「そうだ。生贄なんて野蛮なことはしない」
「独特の伝統がある村は憧れるけど、さすがに人攫いはなあ」
「わたしたちの村は町になるの。古臭い伝統なんて捨てるべきよ」
「それもそうだな!」
なんて、若い衆の会話も弾んでいた。
そうやって穏やかで楽しい時間を過ごしていたら、誰かが外を見て気がついた。また雪が降っていると。風も吹いていて、今日は早めに天候が荒れそうだと。さっき昼食を食べたばかりなんだけどな。
「早めに家に戻るべきだな」
若い衆のひとりが呟き、みんな頷いた。それぞれ立ち上がり、明日も読み書きを教えてくれと言って去っていく。
僕たちがこの家に滞在するのは、カトレアたちに了承を得ている。村長の監視から逃れるためだけど、表向きには村長の家にこの人数で押しかけるのは手狭だとか、そんな理由を大人たちには伝えておこう。
先日キアが貰った食材はここに持ち込んでいる。消費しきったらカトレアたちが持ってきてくれることになっている。
これで、村長からの干渉無しに過ごすことができる。
とはいえ、このことをキアたちは知らない。
「戻ってきてるでしょうか。というか、早めに戻ってほしいのですけど」
風がびゅうびゅう吹いていて、外の様子はわからない。これもカトレアには、キアたちが村長の家に帰ればこちらに行かせるよう頼んでおいたのだけど、そもそも帰ってこれるかどうかもわからない。
昨日に比べて雪が早く降っているのだから、その時間があるか怪しかった。
「あら。誰か来たわ」
「キアかな?」
「いいえ。カトレアよ。戻ってきた。何か随分急いでるようだけど」
「皆さん! 大変です! 村が! 狼の群れに襲われています! お願いします助けて! きゃっ!?」
必死に声を上げるカトレアの後ろから、白い影が見えた。
狼が飛びかかったんだ。




