7-14.足跡を追う
「みんな。これ以上動かないでくれ。足跡を消したくない」
ジェスターのよく通る声がする。村人たちは足を止めて彼の方を見た。
「奴の足跡があるはずだ。探してくれ」
「でも、吹雪でとっくに消えているだろう? スノーマンが完全に雪に埋もれる程の雪だ」
「敵は怪力で、つまり巨体だ。その分、雪に体が深く沈み込む。それに長居したのなら、足跡がついてからまだ時間が経っていないかもしれない」
言われて、みんな周りを見た。
「見つけた。あれじゃねえか?」
キアが指差した方を見たけど、よくわからない。普通に雪が積もっているだけ。
「動くな。俺が確認する」
みんな動き回って、微かな痕跡を新しい足跡で消したくない。だから移動は最小限に。ジェスターだけそちらに行って見た。
「ああ。間違いない。森に続いているな。僅かに凹んでいるだけだから足型はわからないが、歩き方からおそらく熊だ。それも大型の。雪山の亡霊かもしれない」
「どうかしら」
亡霊が熊だったり、恐ろしい怪力と高い知能の持ち主だとは限らない。このあだ名は、謎の現象に巻き込まれず、ただ村を遠巻きに睨む正体不明の白い獣の不気味さに付けられただけ。
そんなゾーラの疑問を、ジェスターは聞いていない様子。なにか確証があるらしい。
「村長。こいつの討伐は俺に任せてくれ。危険すぎて、村人のには任せたくないだろう?」
「ああ。やってくれ」
「それから旅人たちも同行させてくれ。あんな連中だが腕は確かだ。危険な獣にも対処できる」
僕の方を見ながら言えば、村長は苦い顔をした。しかしジェスターは続ける。
「現象の調査をするんじゃない。獣は森のそちらから来るのだろう? 足跡は別方向に伸びている。無関係だ」
「……そういうことなら、許そう。だが村からも狩人を出す」
「いいだろう」
戦力というより、見張りだな。
多少村と打ち解けても、潤いをもたらす現象には触れさせてもらえないか。
まあいい。今は目の前の問題だ。
小屋からもふもふを連れてきて、五人と一頭にジェスターと村人を加えて足跡を改めて見る。村人はジェスターと同じくらいの、三十代の体格のいい男だ。
なるほど、近くで見れば微かに凹みがあり、それが森に続いている。
「俺が先行して足跡を追う。俺の前には出るな。足跡が消えるから」
「アタシたちの足跡がつくのが嫌なんだよな? だったら木の上から足跡を追ってやってもいいぜ?」
「それも良くない。枝葉にも雪が積もっている。乗れば雪が落ちて足跡を隠す」
「あー。なるほど。雪山って面倒だな」
とはいえ、キアは敵の警戒もしなきゃいけない。少しでも高い場所ということで、アンリの後ろでもふもふの上に乗る。
足跡を追って森の中に行く。森では、村よりも足跡がはっきり見えた。上を覆う木々で雪から守られているのか。
とはいえ、枝が雪の重量に耐えられず落ちたなら、足跡は消えてしまう。ジェスターは急ぎ気味に森の中を進む。
「おい。少し落ち着け。あんまり急いだら迷うぞ」
「大丈夫だ。俺は森では迷わない」
「アタシたちが逸れたら困るんだよ」
「……」
「ねえジェスター。何を急いでいるのかしら。あれをやった獣の正体を知っているみたいだけれど」
「……ああ。知っている。俺の、仇敵だ」
「何者なの?」
「みんな、お喋りは後だ。狼の臭いがする」
会話してても周囲の警戒を怠らないキア。彼女の言葉にみんな武器を構えた。
「だんだん近づいてきてる。あっちだ!」
キアが指差したのは足跡が続いている方向。こちらの進行方向からいくつもの狼が走ってくる。その数、十数頭。
灰色の背中の狼たちは、こちらへ敵意を向けていると言うよりは、何かから逃げている様子。とはいえ退路上にいる僕たちへ襲いかかるのを躊躇しないだろうし、やり過ごせば村に到達するだろう。
「ゾーラ」
「ええ」
短く答えた後に杖を振れば、二本の木から蔓が生えてお互いに伸びていく。中間地点で絡まりあったそれは、木の間にロープを張った形になり、そこに狼が到達して、次々に引っかかって転倒。
後続の何体かは跳躍して乗り越えた。が、空中にいる狼の首に矢が刺さる。
ジェスターだ。さすがの腕前だな。
「あなたすごいわね! ちゃんと狙えるなんて! わたしも負けてられないわ! だって英雄だもの!」
対抗心でアンリも矢を射る。着地してこちらに接近していた狼の頭を射抜いて殺した。
弓使いふたりが、狼を次々に射て無力化していく。それでも間に合わず、こちらに到達したのは僕とティナで片付ける。
聖剣を使うまでもない。腰の剣だけで容易に切り裂き、殺せる。ゾーラが地面から蔓を生やして動きを止めてくれるから、楽な仕事だ。
元気な一体が飛びかかってきたのを、僕は真正面から受け止めるべく踏み出した。鋭い爪を振ってくるのも構わず肉薄して、狼の腹に剣を突き刺した。
抱き合うように体を密着させた狼の爪は、僕の背後の空を切る。そして重傷を受けた狼から力が抜けて、地面に落ちた。
剣を引き抜いて周りを見たけど、次の敵はいなかった。あれだけいた狼は、あっという間に全滅していた。
「あ、あんたたち、何者なんだ……」
見張りとして来ていた村人が驚愕の目を向ける。彼自身も弓を持っていたけれど、戦いに参加する暇がなかったらしい。というより、狼の群れを見て死を覚悟していた雰囲気ですらあった。
「旅の冒険者です。色々戦闘に巻き込まれて、慣れています」
返事をしながら、倒れている狼へ向かう。闇の蔓で転んで足を折って、死にかけの一頭だ。
痛みに苦しみながら僕を睨む狼の目には、威嚇以外にも恐れの感情が見えた。




