7-10.雪山の亡霊
大型の獣が村に入って、蓄えに手を付けて去るのは珍しいことではないらしい。
そして、人間を攫うことも。
「ベティさんも、熊や狼が村に入ってきて攫われたの?」
「いいえ。彼女はいつの間にか行方不明になりました。何かの用事で森に入って、獣に運悪く遭遇したのだと思います。たぶん熊と」
「村に来た獣とは限らない?」
「はい。引き寄せられない獣もいますし、村を遠巻きに見つめるだけのもいます」
森の獣が大挙として押し寄せてるわけではない。
「あくまで噂ですけれど、強い獣ほど引き寄せられないとされています」
「根拠はなさそうだな。村の男総出で挑んでも敵わないような熊もいる。俺が仕留めた熊みたいな。奴は強いだろ?」
「いえ。肉体的な話ではなく、精神的な強さといいますか」
「獣にそこまでの知性があるかな……」
ジェスターはやはり半信半疑だ。けれどカトレアには、自分では噂だと言いつつ、確信がある様子で。
「明らかに意思を持ち、村の様子を伺う獣を見たって声が、最近多いんです」
「意思? 接触したのか?」
「いいえ。けれど、人から見られると気づけば、向こうはすぐに消えるそうです」
それだけで意思かあると決めつけるのは急ぎすぎだ。
しかしカトレアは、構わず続けた。
「その獣の目には、はっきりと意志が感じられたとみんな言っています。真っ赤な目で、こちらを睨みつけていると」
「真っ赤な、目……?」
ジェスターの目つきが鋭くなった。
「おい。詳しく教えろ。その獣は、熊か?」
「い、いえ。それが、姿を詳しく見た者がいないんです。遠巻きでしか目撃できないし、それに毛が真っ白なんです。それが周りに溶け込んで、姿がよくわからなくて。雪山の亡霊と呼ばれています」
「奴だ! 見つけた!」
この村の奇妙な現象に、どこか乗り気な様子のジェスターの真意がわかった。
雪山の亡霊と呼ばれている獣に、彼は並々ならぬ想いを抱いているらしい。獣が来るなら、彼の目的の獣もいずれ来る。
そして探していた相手の情報が思いがけず飛び込んできたというわけだ。
「わかった。その依頼、俺が必ず果たす」
強い決意の表情で言い切った。
一方で。
「よよよヨナ様。カトレアさん今、亡霊って言いました? お化けってことですよね? この森、幽霊が出るんですか!?」
寒さとは関係なくガタガタ震えているティナが、顔を真っ青にしながら僕に抱きついた。
「落ち着いて。幽霊に見えるだけで、本当にいるわけではないよ」
「わからないわよ。山にその手の怪談話はつきものだし。山で命を落とした人が、自分の死に気づかず何年も幽霊として山を彷徨うって伝承はあちこちにあるわ」
「ひえぇぇ……。もう駄目です! 外に出られなくなりました! ヨナ様やめておきましょう! こんな調査しなくてもいいですよ!」
「ゾーラ。意味もないのに怖がらせないで。というか、幽霊なんていないでしょ」
「そうも言い切れないわ。あたしたち、人語を話す魔物を見たばかりじゃない。ずっと存在が確認できなかった物よ。それがいたとわかった以上、幽霊だっているかもしれないわ。ほら、そこに」
「いやぁっ!」
ティナが僕の胸に顔を押し付け、周りを見ないようにしている。
「話す魔物は存在が予測されてたし、過去の戦争からいるって推測できてた相手でしょ? 幽霊がいる根拠にならないよ。というか、ティナを怖がらせるために言ってるでしょ?」
「ふふっ。ごめんなさい」
舌を出しておどけてみけるゾーラ。まったくこの人は。
「怖がらなくていいからね。幽霊が出ても僕が守るから」
「はい……よろしくお願いします、ヨナ様……」
「普段は、自分が守るって言ってるのになー」
「ティナにもそういう時があるってことだよ」
なおも抱きついて離れないティナの頭を撫でてなだめる。
ジェスターやカトレアたちは、僕たちの会話を呆気にとられたように見つめていた。
正確には、呆れたのはカトレアと村の若い衆だけ。こんな人たちに村の調査を任せていいものか不安になったかな。
一方ジェスターは。
「人語を話す魔物だと? そんなものがいるのか?」
会話に出た言葉に強く反応した。
「はい。話す魔物と、ここの近くの町で遭遇しました。町の人の多くが目撃しています。とはいえ、ライディオン王国領内の出来事なので、今から確かめに行くのは大変ですけど」
「話せるということは、相応の知能があるのだな?」
「はい。人と変わらない振る舞いをします。家族の概念を持ち、人を愛したり恨んだりする」
恨んだ結果、僕は兄を失った。苦い思いが脳裏に浮かび、顔を伏せた。もちろんジェスターに僕の心中はわからない。
「そうか。魔物だから、人を殺そうとするのは変わらないのだな?」
「はい。そこは同じです」
「ならば亡霊の正体は魔物の可能性もある」
「……」
たしかに可能性はある。けれど、ジェスターがなぜそう考えたのかは推し測れない。
普通の白い色の獣かもしれない。白い狼とか。
白い熊は聞いたことがないけど、そういうのもいるだろうに。
そういえばジェスターは、白い獣と聞いて真っ先に熊かと尋ねたな。
「ちなみに、この村に魔物が誘われることはあるのかしら?」
ゾーラが尋ねると、カトレアは首を横に振った。
「森に魔物は潜んでいて、村を襲うことはあります。しかし他の獣みたいに誘われる感じでは来ません」
「そう。だとしたら、亡霊が魔物である可能性はあるわね。単に誘われないだけの獣でもありえるけど。そこは、いろんな可能性を考慮すべきね」
「学者先生はどう見る?」
「今のところはなんとも。まずは現象の調査からよ」
「でも! 幽霊なんかいなくて魔物か動物が正体っていうのは決まってますよね!?」
「ちょっ!? いきなり復活しないでよ! 悪かったわよ。幽霊なんか非科学的だから、いないとは思うわ」
「だったら大丈夫です! 魔物相手なら怖くありません! ゾーラさん! 明晰な頭脳で、亡霊を名乗る輩の正体を暴いてください!」
「ちょっ! やめなさい! 頭脳って言いながら胸を掴まないで! 揉まないで! というか、亡霊っていうのは村人が勝手に言ってるだけで! あっ! やめっ!」
「この憎たらしい胸で解決してください!」
「胸では解決しないの! ちょっ! ほんとにやめてっ あんっ! やっ! 怖がらせたの謝るから!」
「ティナ。それくらいにして」
「そうだぞー。いつも教育に悪いって言ってること、自分でしてるぞ」
「呆れられてるから。そこまでにしなさい」
残る三人でティナを止めにかかる。
「本当に、この人たちで大丈夫なのかな……」
カトレアは仲間たちと顔を見合わせて不安そうだった。




