7-5.山には熊が出る
なんとなく丸く収まった雰囲気になって、僕の口元も自然とほころぶ。
けど。
「いやいや! アタシが寒いままなんだけど!?」
そもそもの問題は何も解決していなかった。
「誰か! なんとかしてくれ!」
「なんとかって言ってもねえ」
「次の村で何か買うしかないわね」
「売ってるの?」
「町ほどの品揃えはないけど、山の中だから。仕留めた野生動物から取った毛皮製品なんかは手に入りやすいわ」
「キアさん、革の服の上に毛皮を着るんですね」
「よし! 行こう! 早く行こう! さっさと行こう!」
「そうね。日が暮れる前に村に着かないと野宿になるわね」
「雪が積もる中で野宿かー」
「というか、あの空を見ると吹雪になりそう」
「それは大変だね」
「おい! なにグズグズしてんだよ! 行くぞ! 急げ! 頼むから! てか村はどこだ!?」
もし本当に野宿になった場合に死活問題となるキアは、焦ったように近くの木に登った。
山を覆う森の木々は背が高く、上まで登れば遠くまで見えそうだ。
「おー。あそこに村がある。もう少しだな」
「ついでに近くに魔物か危険な動物がいないか見て」
「おう」
漆黒の森に沿って歩いて、今は森の真っ只中。ただし漆黒の森の中とは違うらしい。
正確には、中間地帯と呼ぶべきものらしい。漆黒の森を構成する、硬く切り倒しにくい木々と、そうではない木が混在して生育した地帯。
普通の森としての性質も持っているから、人が暮らしている。今から向かう村も森の中にある。ラロシエリの国には、そういう地域もしっかりあるとのことだ。
もちろん、この森にも魔物はいる。常に警戒する必要があった。
とはいえ、気配は感じない。不気味なほど静かな森だ。魔物が近づけばわかる。今のところ危険は無い。
それがある瞬間に、無かったに変わった。
「ヨナ様聞こえますか?」
「うん。獣の足音かな?」
「あっちだ! なんか黒いのが降りてくる! あと木の上が寒い! こっちはもう雪が積もってるし!」
頭上でキアが寒さで震えながら、一方向を指差していた。
「相手はどんなの!?」
「ありゃ魔物じゃないな! 熊だ! 群れとかじゃなくて一頭だけいる!」
「わかった。僕が引き付けるから、ゾーラが捕縛して、他のみんなで囲んで殺して。アンリ、危なそうなら、もふもふで熊を蹴って」
指示を出しながら、地面に落ちていた木の枝を拾う。一瞬にして聖剣になったそれを構えて、木々の向こうを見る。
積もり始めた雪と土が混ざったものを巻き上げさせながら、黒い獣が向かってくる。こちらに向かって一直線。大きさはそこまででもないな。でも凶暴そうだ。
僕は前に出て、わざと熊に姿を見せた。向こうは獲物が見つかったとばかりに速度を上げて僕に突っ込む。山の斜面を駆け下りているから、かなりの速度だ。
目の前の木々から闇の蔓が伸びた。違う木からそれぞれ生えたそれは中間地点で絡み合い、ピンと張り詰める。そこに熊がぶつかった。
速度が出ていたのもあって、それに真正面から突っ込んだ熊は、体に蔓を食い込ませながら急減速する。
が、元々の速度と体重もあって止まりきれず、体を浮かせながら蔓を引きちぎり、こっちに突っ込んできた。元々想定されていた攻撃のポーズとは異なり、単に落ちていくみたいな格好で。
僕からも踏み込みながら、すれ違いざまに聖剣を振る。鋭すぎて手応えは感じないながらも、熊の肉は大きく切り裂かれていた。ちょうど脇腹のあたりがざっくりと割れて、雪混じりの地面に鮮血が落ちる。
さっきまで通っていた道に、熊の体がどさりと落ちる。体のどこか痛めたか、奴は苦しげな声を上げながらその場でもがいた。
アンリは離れた所から矢を射ているけれど、残りは太い手足や鋭い爪が振り回されるのを見て容易に近づけない。
「ゾーラ拘束して!」
「ええ! わかってる!」
地面から蔓が生えて、四肢を一本ずつ絡めとっていく。かなり集中力を使うらしく、ゾーラは熊を睨んだまま動けないようだ。
早めに終わらせよう。
「滅多刺しにして殺そう!」
既に熊の体にいくつも矢が刺さっていた。僕は確実に殺すべく剣を握り直す。ティナも熊に駆け寄ろうとしているしキアも木の上から飛びかかろうとしていた。震えているけど。
熊の胴にいくつも穴を開けようとした、その直前に。
どこからか矢が飛んできて、熊の首に刺さった。それが致命傷となったのか、熊はしばらくもがいた後に力尽きて動かなくなった。
矢は明らかに、アンリが放ったものよりも長い。腕力が低い彼女に合ったサイズではなく、大人用の矢だ。
どこから飛んできた? 敵の攻撃? 振り返ってそちらに剣を向けた。みんなも警戒して。
「あっちだ。弓を持った男がいる。今は構えてない」
「どんな男?」
「若い。三十はいってなさそう。目つきは鋭い。温かそうな格好してて羨ましい!」
「私情は挟まないで」
「寒いから降りていいか?」
「向こうに敵対の意志がないってわかったらね」
「ないだろ。見るからに普通の狩人だ。アタシたちに加勢してくれただけだよ。よっと」
キアが素早く木から降りた。その時には、例の男はこちらから視認できるまでに近づいていた。
足場の悪い斜面をしっかりと歩く、がっしりした体つきの男。精悍な顔つきで、目は確かに鋭かった。
「あの熊、あんたが追ってたのか?」
話しかけられた男はぎょっとした顔になった。キアがいきなり出てきたからと言うよりは。
「お前……そんな格好で寒くないのか?」
服装に驚いているようだった。




