7-3.聖人ヨナウス
アロッドは笑みを見せたまま続ける。
「私は宗教者だ。神が起こした奇跡の例を多く知っている。死の縁から蘇った聖人の伝説はいくらでもある。さっき眠っていた時に、それとヨナウス殿下が結びついた。これは神の啓示なのではないか?」
「ヨナウスは、聖人と同じように復活した?」
「そうだ。ドラゴンから王都を守ったのもヨナウス殿下だという噂がある」
「あ。それは本人から聞きました。噂は本当です。グラドウス殿下を殺した時のことだそうで」
「そ、そうか……。とにかく、その時にヨナウス殿下は奇跡の復活を遂げた。伝説にある聖剣の力で。グラドウス殿下は殺してはいないけれどな」
「はい。聖人は人を殺しませんから。そこは一旦忘れましょう。とにかく、ヨナウスは復活を遂げて、そのまま聖人として旅に出た。そういう話にするのですね?」
「これで王家はヨナウス殿下が生きていることも、死を公表したことも肯定できる。そしてレダウス殿下の尊い死を真実として公表できる」
もちろん、ヨナウスの生存が世間に明かされたことで、王家は堂々と捜索ができるようになる。そして彼を今度こそ殺そうとするだろう。民衆から奇跡の子と崇められても、王家にとっては家族を殺し続ける狂人でしかない。
だからヨナウスの立場は変わらない。
これは、レダウスの功績を明らかにするための策だ。
そのために聖人の奇跡や神からの啓示を利用するのは、敬虔な信徒であるアロッドにとっては心が傷まないのだろうか。
「心配するな。愛しい娘が勇気を出して真実を告白した。これを無に帰すことの方がずっと心が痛い。それにレダウス殿下の行いは立派だ。多くの人に讃えられなければ」
「ああ……」
わたしは父に愛されているのだな。
「ありがとうございます、お父様」
「よいのだ。今度からは、無茶な行いは控えてくれるならば、咎めるはしないとも。さて、教皇や他の幹部たちを集めなければ。素早く口裏を合わせて、教会からレダウス殿下のこと民に広めねば。陛下への報告も同時に行う。連携が大事だな」
独り言を言いながら部屋から出ていくアロッド。カレンはその背中に、深々と頭を下げた。
教皇や聖職者の重鎮たちもアロッドの方針に賛成して、町の教会の神父たちがすぐに呼び出されることとなった。
レダウスの死とヨナウスの復活の噂は、神父たちを通じてあっという間に広まった。もともと、ヨナウスが頻繁に城下に出て市民と交流していて、受け入れられ愛されていたことも大きかった。
人々は勇敢な王子の死を悼み、そして奇跡で蘇ったヨナウスの存在に歓喜の声をあげた。死してなお民のために戦おうとするヨナウスは、まさに英雄だと。聖剣の力で戦うことが、彼への英雄視を絶対のものとしていた。
ヨナウスこそが次の王に相応しい。そんな会話もそこかしこで囁かれている。第一王子が亡くなったこともあって、真実味がほんの少しだけ増しているのもあった。
もちろん庶民たちの無責任で好き勝手な物言いでしかなく、貴族たちの間では次の王は第二王子ジグドウスが継ぐのは当然のこととされていた。もちろん王家も、ジグドウス本人もその認識だ。
民がどう考えようが、王家のルールは変わらない。噂なんかに惑わされるのは小心者だけだ。
そしてカードウス王は小心者だった。
権力者として順調な時は威厳ある振る舞いができていたが、息子たちの死もあって動揺しているらしい。偉大なる姿は虚勢だったとバレ始めている。
そこに、ヨナウスこそ王に相応しいと噂が流れれば気が気でないだろう。彼がふらりと王都に戻れば、民衆たちにもてはやされる。復活した聖人となれば教会勢力も味方につく。
本当にヨナウスが王になれば、それを追い出した今の王家がどうなるかは明らか。それが心配でならないらしい。
王家は民の噂などで揺れはしない。だが王自身が自信を持たないのであれば、本当に揺らぐことはある。
「いやああぁぁぁぁっ!」
謁見の間に悲鳴が響き渡った。愛する息子をさらにひとり失ったと報告を受けた女王のものだ。母は子を失うことを何より恐れるものなのだろう。
彼女はそのまま失神して、慌てた侍女たちに運ばれた。
玉座の上で狼狽えているカードウス王の前にいるのは、カレンとアロッド、そしてアロッドの父である教皇だ。主に話すのは教皇で、カレンは当事者として何か質問されたら答えるためにいる。
「――こうして、レダウス殿下の尊い犠牲によって、ヴォンネルの町一帯は救われ、強大な魔物が王都に進軍する野望は打ち砕かれたのです」
教皇は王に、残りの説明もした。
王の威厳を示すため豪華絢爛な意匠があしらわれた部屋は、当の王に余裕がない状態では妙に滑稽に思えた。
王は額に汗を浮かべて、落ち着かない様子だ。また息子を失ったことに動揺しているのではなく。
「ヨナウスは、今も生きているのか?」
「はい。喜ばしいことです。まさに奇跡です」
「そ、そうか。喜ばしいな」
顔が真っ青だ。
「教皇よ。民の噂は知っているか? ヨナウスが、その」
「ええ。信徒の話は報告が上がっています。彼は聖人だと」
「仮に聖人となれば、ヨナウスはどうなる?」
「信仰の対象となります」
「そうではなくっ!」
はぐらかすような答えをする教皇に、王は苛立った顔を見せた。
「ヨナウスが生きて再び民衆の前に姿を現せば、奴は王になろうとするのではないか!?」
「それは我々にもわかりません。ヨナウス殿下が何を考えているか、知る由もありません。聖人として、可能であればお会いしたいですが」
「ぬう……」
不安を吐露しても理解する人がいない。後ろ暗い事情から詳しいことを言えないからだけれど、王の姿は哀れだった。
「ヨナウスは今、どこにいる?」
「既にヴォンネルの町は離れたでしょう。その後どこにいるかは不明です。教会でも人を遣って探す計画をしております」
「駄目だ! お前たちが見つければ、聖人として保護するつもりだろう!?」
「そうですが、何か問題が?」
「それはっ!」
言えないだろうな。ヨナウスが教会の庇護化に置かれれば、手が出せない。民衆を味方につければ、王家が脅かされるのは現実となる。
「ヨナウスを探すのは軍に任せる。教会は手を出すな」
王は絞り出すように言った。
「そうですか? なぜ?」
「家族の問題だからだ」
「……そうですか」
納得していない様子の教皇。これは探すだろうな。おおっぴらに出来なくても、密かに人を使うのは教会にも難しくない。




