7-2.聖女の養父
ライディオン王国で広く信仰されている、世界の創造主を神と崇める宗教の最高指導者は、教皇と呼ばれている。
その一人息子、アロッド・モゴメリーはやはり司教という、指導者層の中で重要な立場にある。敬虔な人物とされており、穏やかな風貌もあって人望も厚く、次期教皇と周囲は見ていた。本人もその期待に応えようとしており、宗教家として清廉な人であろうと日々努力をしている。
そんな人物だからこそ、傷を癒す聖女の異能を持つカレンを養子として迎え入れることに、周囲は何も反対しなかった。年頃の少女に禁欲を強いることへの懸念も無くはなかったが、立派な聖女になると関係者はみんな思っていた。
まさかそれが、第五王子レダウスの死に繋がるとは誰も想像していなかった。
カレンが学園に戻ってきたのは、年末年始の休暇も終わろうかという頃のこと。彼女はすぐさま、辺境の町での出来事を養父に報告した。
レダウスと、ふたりの貴族の息子の死について。
アロッド司教はそれを聞いて卒倒した。娘が秘密裏に学園を抜け出すなんて。休暇中は友と過ごしたいから帰省しないという連絡は受けていて、年頃だからと許したが。まさかこんなことになるとは。
真面目で清廉なアロッドには耐えられないことだった。
しかしアロッドは娘思いの良き父親でもあった。実の娘もではなくとも、愛情は本物だった。
倒れてベッドの上で寝込んでいた彼は、夢の中で啓示にも似たひらめきを得て、目覚めるとすぐにカレンを呼び出した。
「失礼します、お父様。この度は本当に、申し訳なく思っています」
「よいのだ、カレン。間違いは誰にでもある。咎めるのが親だが、許すのも親心だ。それに、今回一番辛かったのはカレン、お前だろう。レダウス殿下とお前は特に仲が良かったと聞く。仲を深く詮索するのは野暮というものだが、察せられる。惜しい人を亡くした」
「はい……大切な人でした」
「ところで、お前はヨナウス殿下にも合ったのだな? 公式には死亡が発表されている、第六王子に」
「は、はい。その、王家に城を追い出されて、殺されかけて放浪の旅をしていると。あの……グラドウス殿下とテナンドウス殿下の死にも関わっていると、本人からはっきり聞きました」
「そうか。どうやら王家は、大きな秘密を隠しているようだ」
これまで、王子たちが連続して亡くなっている事態に、王家が特別な声明を発表することはなかった。三人の王子の死に関連性はないと。
レダウスの死も、もう少し待てば公表されるはずだ。やはり病とか、そんな理由がされるのだろう。
民衆は納得せず、既に忘れかけていた王家の呪いなどという噂が再び流れ始める。
「ヨナウス殿下は民から人気があった。末っ子なのもあるし、見目も麗しい。頻繁に城下に出て、民の仕事を手伝う姿を多くの者に目撃されていた。信者の中にも、彼の死が悲しいと教会で神父たちに訴える者が大勢いたと、報告があった。彼の御霊が安らかに眠れるよう祈ってほしいと頼まれたと」
「そうなのですか……。わたしには、ヨナウスはそういう人間には見えませんでした。冒険者として、魔物との戦いの最前線で立ち剣を振るう。異能で聖剣の力さえも使いこなす。勇敢さは王族に相応しいですが、怖かった。彼は殺戮に躊躇をしません。必要があれば、人も簡単に殺せる」
「人間は誰も、いくつもの顔を持っているもの。一面だけ見て判断するのは危うい。カレンから見たヨナウス殿下は、殺戮を好む異常者でしかなかったのか?」
「……いいえ。ごく常識的な感覚も持っていました。レダウス様の死にも、相当に落ち込んでいたようです。年相応の幼さも見受けられました。そういう、当たり前の人間になってほしいと願う者が、ヨナウスの近くにいるのです。彼は、旅の仲間には恵まれました」
「そうか。幸運だったのだな」
「はい」
カレンは、父がなぜヨナウスを気にするのか理解できなかった。彼はそんなカレンを見て口角を上げる。
「亡くなったと思われていた王子が生きていた。喜ばしいに決まっているだろう」
「それは、そうですけれど……」
「わかっているとも。王家に追われているわけだ。真実が明らかになった時、カードウス陛下は隠したがるだろう。レダウス殿下がなぜ亡くなったのかの真相もな」
「嫌です!」
咄嗟に声が出てしまった。はしたない。カレンは深呼吸してから続ける。
「失礼しました。ですが真実を隠すのは見過ごせません。いいえ、ヨナウスがどう語られようと、わたしは気にしません。ですがレダウス様が、他の兄と同じように単なる病気で亡くなったと言われるのは我慢ができません。レダウス様は民のために旅に出たのです。民のために命を捧げた。その事実を捻じ曲げるのは許せません」
カレンはそのために王都へ戻り、こうして真実を打ち明けたのだから。
必死に語るカレンへ向けるアロッドの視線は暖かくて。
「わかるとも。レダウス殿下の志を無駄にはできない。では、どうするべきかな?」
「ヨナウスの存在を隠して公表しましょう。王家が心配しているのはヨナウスだけです」
「いい考えだ。しかし王家はレダウス殿下が亡くなった町に人を派遣して、何があったのかの調査をするはずだ。そこで、ヨナウス殿下がいたことを知る。自分たちの後ろ暗い所業を隠すために、レダウス殿下の行いを後から否定するかも」
「そんなっ。ではどうすれば」
「先に教会から事実を公表してしまえばいい。レダウス殿下とヨナウス殿下が協力して町を守り、レダウス殿下は特に命を捧げたと」
「ですが、ヨナウスの生存を王家は認めない」
「ならば理由を与えればいい。王家が悪く言われない形でヨナウス殿下が生きている理由があれば、王家は否定ができない」
たとえ、認めたくないのだとしても。




