6-50.少しだけ前進
だからティナは寄り添うだけ。それが嬉しかった。
「僕が寝ている間、どうなったの?」
「皆さん、森から撤退しました。兵隊さんや冒険者に大勢死者が出ましたけれど、遺体は全て持ち帰りました。もちろん、レダウスさんもクリストンさんも」
そうか。クリストンも死んだのか。
「魔物の死体はそのままです。カカエラの死体もありましたけど、兵隊さんたちはあまり興味を持ちませんでした。彼女の顔を知りませんからね」
巻き添えを食らって死んだ、ただの魔物としか思われていないか。
「皆さんの遺体は町に移送されました。報告も届いているでしょう。町への大規模攻撃は未然に防がれたと。それにレダウスさんのことも。王族という素性は隠しても、犠牲のおかげで町が救われた事実を無かったことにはできないと、ミレーネさんは仰っていました。今頃、レダウスさんは英雄として称えられていることでしょう」
命と引換えに町を守った英雄か。僕からすれば喜ぶことじゃないけれど、彼の行いが人々に全く知られないよりは、ずっといい。
「町はお祭り騒ぎでしょうね。危機を乗り越えたのと、無事に新年を迎えられるのとで」
「だろうね」
「今から戻れば、お祭りに参加できますよ? 美味しいものもたくさん食べられます。いかがですか?」
「ううん。いい。騒ぎたい気分じゃない」
「そのようですね。ではこの村で新年を迎えましょうか。いずれ町には戻りますけれど」
「ありがとう」
「では、朝までお休みになりますか?」
「さっきまでずっと寝てたんだよ? 寝られないと思うな」
「ですね。では、とりあえずご飯にしましょう。お腹すいてますよね?」
その通り。悲しいことがあってもお腹はすく。
僕は生きなきゃいけない。だから食べなきゃいけない。
「少し待っていてください。食事を用意しますから。それに、キアさんたちも呼んできましょうか?」
「ううん。いいよ。あんまり、賑やかな雰囲気の気分じゃないから」
「わかりました。けど、わたしは近くにいますね」
「うん」
村の普通の窯で焼いても、ティナの手にかかれば美味しいパンになってしまう。どんな仕組みなんだろう。
食事の間も、ティナはそばにいるだけだった。話しかけもせず、静かにしている。僕の気持ちを汲み取ってくれるから。
だから僕はずっと考えていた。レダウスの最後の願いについて。
「ねえ、ティナ」
「はい」
「絶望するのって、簡単だよね」
「……そうですね。悪いことが起こると、人は簡単に絶望しますね。そこから立ち上がるのは大変です」
「うん。もし僕が、兄さんが死んだことに絶望せず、前向きになったら、褒めてくれる?」
「はい。もちろんです。ヨナ様は偉いって、撫でてあげます」
「ははっ」
子供っぽい扱いだなあ。いいんだけど。
「兄さんが最後に言ったんだ。僕に王家を頼んだって。僕が王になるって意味じゃない。その資格があるとは思えない。残りの家族から王に相応しい者を選んでくれって意味だ」
「今の王様は相応しくないのですよね? では、まだご存命のきょうだいから選ぶのですか?」
「うん。僕はこの国のために、それ以外の王族はみんな殺す」
我ながら物騒なことを言ってるな。
ティナは、少しだけ笑みを見せていた。
「いいと思いますよ?」
「いいの? 王族のほとんどを殺すって言ってるんだけど」
ティナはこういうの、強く反対はしなくても、肯定もしていない立場だと思っていた。
「いいんです。今までのヨナ様は、ご家族全員を殺すつもりだったじゃないですか。おひとりを残す考えに変えたのは、大きな前身です。……ご家族全員を恨んでいたのですよね?」
「うん」
「人を恨むのは簡単です。それこそ、絶望するのと同じくらい。だから、恨んだ人を許すのは難しい。勇気がいることです。ヨナ様は既にひとり、許した。たとえレダウスさんと死別してしまったとしても、その事実は変わらない。ヨナ様が成長していることが、わたしは嬉しいのです」
「そう、なんだ」
前進といっても、ずいぶん歪んでいると自分でも思うのだけど。たぶん正しくもない。
けれど、僕に向けたティナの笑顔は眩しかった。底なしの善意と慈愛を感じさせて。
「ではヨナ様。今のところ、ごきょうだいの誰が王に相応しいとお考えですか?」
「……フィオーラ、かな。王の器ではないけれど」
第二王女フィオーラも、僕はあまり好きではない。
彼女には主体性というものが無いから。親やきょうだいの意見に流されがちであり、僕が虐められていたのを見ても何もしなかった。
口では耳障りの良いことを言える。家族が纏まることこそ理想だと唱えて、なにか悪いことがあると心を痛める。けど、それだけ。
家族の中で意見が対立すれば、父の意見を優先する。一方で、自分はみんなのことを想っていると穏やかな態度で語る。その実、自分では何もしていない。
逆に言えば、彼女から何か危害を加えられたこともないけれど。
「ふわふわした雰囲気で、男たちの言うことに素直に従って、人生すべてを誰かに任せる。金持ちの女の振る舞いとして、ある意味正しいかもしれないね。これで生きていくことはできる。まさにお姫様だ。僕は嫌いだけど」
「けれど、ヨナ様は彼女を王にするつもりなのですよね?」
「普通なら、女は王にはなれないよ。男子の継承者がいなくなった時だけ、姫は王家の婿入りした男と共にその座につく。血統がない王の代理と、後見人の女王という形だ」
「では今後は、王に相応しいお婿さんを探すことになりますか?」
「そうなんだけどねー」
簡単ではない。そんな男がすぐに見つかるとは思わないし、その人物とフィオーラが、僕の指示なんかで結婚するとも思わない。
「いいではありませんか。実現困難でも、旅の目的が増えました。ヨナ様の異能のための聖剣探求と、王様探し。どこまでもお供しますよ」
「うん……」
「でも今は、のんびり過ごしてください。心身ともにお疲れでしょうから」
ティナの言う通りだ。
本当なら、目的のためにすぐにでも動かないといけない。
けれど僕に、その気力がない。レダウスが死んだことで、心にぽっかりと穴が開いてしまったようで。
数日前まで恨んでいた相手が死んで、こんなにショックだなんて。




