6-48.レダウスは
森の中を進んでいけば、戦闘音が聞こえてきた。急いでそちらに向かえば、見たこともない魔物が暴れていた。
木が動いて、家々を破壊して人を殺している。家があるということは、ここが元の英雄村なのはすぐに理解できた。
村の奥が光っている。そこを中心に、新しい木が動き出そうとしていた。
さらに、レダウスが立っていた。覚悟を決めた顔で剣を握っている。
駄目だ。死なせない。死なせたくない。
だから呼びかけたところ、彼は僕の方を向いて微笑みかけた。
「ヨナウス。来たのか」
「レダウスやめろ! そんなことする必要は!」
「あるんだよ。俺が命を捧げなければ、これは止められない」
「でもっ! なにか、なにか他に方法が……」
「ヨナウス」
死を前にしたレダウスの口調はあまりにも穏やかで、既に彼の意志は決まっていると察するには十分で。
「俺は国のために尽くさないといけない。命を捧げてそれが出来るなら、喜んでやる」
「でも! 嫌だ! 僕は嫌だ! レダウスが死ぬのは!」
もふもふがレダウスの方へ接近を試みた。けれど前にオークが立ちはだかる。邪魔だ。僕はすかさず剣を抜いて馬から降りて、前足をあげたもふもふに蹴られて怯んだオークの脇腹を切り裂いて倒す。
近づこうとして、数体のゴブリンが掴みかかってきた、なんとか引き剥がし、切り捨てる。
今すぐレダウスに近づきたいのに。なんで魔物共は邪魔をするんだ!
そんな僕に、レダウスは微笑みを向けていた。
「ヨナウス。俺が死ぬのが嫌なのは、なぜだ?」
「だって! それは!」
「兄だからか? グラドウス兄上やテナンドウス兄上と同じ、兄なのに」
「違う! レダウスは!」
他の兄とは違う。
僕に優しいから? 改心したから? それもある。そうじゃなきゃ殺していた。でも、その理由をもっと突き詰めると。
「あなたは、王の器に相応しいから。ねえ、レダウス。こんなことやめよう。なんとか、これを切り抜けよう。僕がレダウスを王にする。他の兄を殺して、父も殺すから。僕が、やるから……」
涙混じりの声で説得する。しながら、こんなことは無意味だと頭の中でわかっていた。王に相応しい人間が、僕の血塗られた誘いに乗るわけがない。
でも、僕にはこれしかできなかった。
「レダウス、お願いだ。死ぬな。死なないで……」
「ヨナウス。ありがとう。でも、これからの王はお前に任せる。俺も、父や兄が相応しいとは思わない」
「無理だ。僕にも王はできない」
「だったら、相応しい王を見つけてくれ。残る兄の中から。それか、別の所からか。ヨナウス、これからの国を頼んだ」
もう時間がない。木の一体が地面から根を引き抜いて、歩き出そうとしている。
「ヨナウス。最後にひとつだけお願いだ。もう一度、兄さんって呼んでくれないか? あの時、そう呼ばれて嬉しかった。俺が本当に、良い兄さんだったなら、そう言ってくれ」
「そんなの……当たり前じゃないか。兄さん!」
「ありがとう、ヨナ。俺は幸せだった。最後に、ちゃんと家族に看取られるんだから」
そしてレダウスは己の腕を切り裂いた。大量の血が滴り、魔法陣に落ちていく。
「兄さん! 兄さん! 嫌だ! 兄さん!」
兄が命を捧げているのに、僕は呼びかけることしかできなかった。
――――
弟の声が聞こえる。涙混じりで、必死に呼びかけてくれている。
後悔はない。かわいい弟が、こんな俺のために泣いてくれるのだから。
血が垂れた魔法陣は、見るからに光が弱まっていた。俺の命は役に立っているんだな。
ふと前を見れば、クリストンが倒れていた。見開いたままの目からは生気が失われている。
俺はいい友を出来ていたのかな。もし死後の世界があるならば、クリストンとラルフと、また一緒に過ごしたい。
それから、カレンだ。遺してしまう心苦しさはあるけれど、後を追うなんて考えず生きてほしい。ともに過ごすという彼女の願いを叶えられないことだけが心残りだ。
幸せだった。友がいて、恋人がいて、弟がいた。俺は愛されていた。こんな世界で、今日まで幸せに生きてこられた。
レダウスは満たされた笑みで、首に刃を当てて引いた。
――――
首から血を流しながら、レダウスは魔法陣の上にどさりと倒れた。流れる血が地面に染み込み、光が弱まっていく。
地面から根を引き出しそうとしていた木が、苦悶の表情を浮かべたと思ったら動きを止めた。目の前に差し出され命を、寸前でお預けされたような形か。
ガガイスと思われる魔物の死体が転がっていた。彼はなぜかカカエラの首を掴んだまま死んでいた。カカエラの指が何本か切断されていて、そのうち一本がこちらに転がってきている。
見覚えのある指輪をはめていたから、彼女のだとすぐにわかった。
呆然としながらもそれを拾って、それからレダウスの方へと行こうとして。
「ヨナ! 気をつけて!」
アンリの声。木の怪物が僕に枝を振り下ろしていた。
咄嗟に避けると、細かい枝が辺りに散らばった。魔法は解けても、完全に覚醒していた木は動けるのか。
奴らは、兄の死を悼む暇すら与えてくれないのか。
無粋な奴め。許されると思うな。




