6-47.対ガガイス
木の怪物。これを見たレダウスは、逃げ出したくて仕方がなかった。
今も足が震えている。己の膝を叩いてなんとか震えを止めた。
これは死への恐怖ではない。期待から来るものだ。
この国を救える。それに恋人や、愛する弟を。そんな期待を前にすれば誰だって震えるだろう。
「あの魔法を止める。あの魔物がガガイスか。奴も殺す。ミレーネ、援護してくれ。それからクリストン……」
「引け、なんて言うなよ? お前に最後までついていく。お前を死なせはしない。命に代えても」
「だが。やはり友を」
「この期に及んで野暮なこと言うな。まだ俺は死ぬつもりはないし、死なせるつもりもない。……ただ、友を守りたいだけだ」
それからクリストンは、少し顔を引き締めた。
「レダウス殿下。あなたと共に戦えること、誇りに思います」
真面目な口調で言ったものの、あまり長くは続かず彼は吹き出した。
「駄目だな。格好つかない」
「王子じゃなくて俺のために戦ってくれる友を持って、幸せだよ」
「だろ? 行くぞ。あの大男をぶっ殺せばいいんだよな?」
「それで魔法が止まるなら、やる価値がある!」
レダウスとクリストンは並んで駆け出した。ミレーネも後に続く。
「敵の動きをよく見ろ! 動きは遅い! 回避自体は難しくない! 囲まれないようにだけ注意しろ!」
こちらからの攻撃は通じない。けれど木の怪物の攻撃も当たらないなら、隙をかいくぐってガガイスに接近することは可能だ。
「ガガイス! 死んでもらうぞ!」
「人間どもめ! 俺が死んだとしても! 魔法は止まらないぞ! おとなしく逃げろ!」
「止めてみせる!」
クリストンがガガイスに切りかかった。本を持っていたガガイスは回避するしかなく、後ろに引いた。そこにクリストンはさらに踏み込んで肩でガガイスにぶつかった。
魔物の巨体が揺れる。本を取り落として、ガガイスの体がよろけた。魔法陣の範囲から外れてしまい、本も取り落としてしまったが、魔法陣の光は弱まらない。
そうか。止めるには、やはり血が必要か。レダウスは魔法陣の中心に立った。
「クリストン! そいつを押さえつけていろ!」
「貴様何をするつもりだ!?」
「魔物めよく聞け! 俺はレダウス・ライディオン! この国の第五王子で! 英雄ジェイザックの子孫だ!」
「なっ!? やめろ! まさかお前は!?」
こちらの覚悟を知ったガガイスが、クリストンを押しのけてレダウスを止めるべく魔法陣へ戻ろうとした。
その瞬間に、空から何かが降ってきた。羽の生えた魔物の女だった。
昼間レダウスたちにしたような、空からの急降下攻撃。カカエラのナイフは実の兄の胸元に深々と刺さった。
「なっ!? カカエラ!?」
「あんたの! 好きには! させない! どんなことだって! あんたの思い通りに! させるもんか!」
「まさかっ! お前かぁ! 人間どもに計画をバラしたのは!」
「ああそうだよ! そのためにっ! 好きでもない人間の男に近づきもした! 人間を騙してお前の計画を邪魔するのは愉快だったよ!」
「おのれっ! 魔物の面汚しが!」
「なんとでも言え! お前を! あがっ!? がぁぁっ!?」
「許されると思うなっ!」
カカエラの首を掴んだガガイスは、彼女を引き剥がして恐るべき腕力で振り回した。空を飛べるほどに体重の軽い彼女の体は、布切れのように動く。ガガイスへ再度攻撃を仕掛けようとしていたクリストンは、人体が鈍器に変わる事態に戸惑っていた。
それが自分に迫ってくるのを見て、慌てて後ろに下がる。が、その分ガガイスも前に出た。彼の歩幅の方が大きいため、逃げるのは無理だ。
ならば前に出るしかない。既に絶命していると思われるカカエラが自身に振り下ろされる軌道を見切り、剣を振る。
カカエラの手と、その向こうのガガイスの腕を切り裂いた。ガガイスは少し怯んだがら、振りぬかれたカカエラの体はクリストンの頭に直撃。
強い衝撃と共に地面に倒れ込んだクリストンはさらに、地面に頭を強く打って昏倒。彼の頭をガガイスは体重をかけて踏みつけてとどめを刺し、さらにもう一撃食らわせようとして。
「うぐっ!? つ、次から! 次へと!」
「お前は! ここで! 死ね!」
ガガイスの腹から槍が生えていた。背後に回っていたミレーネが一突き。しかし恐ろしことに、ガガイスはまだ力尽きなかった。刺さった槍を掴んで体ごと捻り、持ち手であるミレーネを引きずり倒した。
「なっ!」
「人間風情が! 舐めるなっ!」
「お前こそ! 人間を舐めるな!」
槍を手放したミレーネがガガイスに掴みかかり、顔面を何度も殴打。さすがのガガイスも怯んだが、体に刺さったままの槍のおかげで倒れることもできない。ただ、腕を振り回してミレーネを遠ざけようとするだけ。
術者であるガガイスが死にかけているのに、魔法陣は光り続けて周囲の木々に命を吹き込み続けていた。こうなれば、覚悟を決めるしかない。
レダウスは剣を握る。血を大量に出すにはどこを切ればいいのだっけ。首か? いや、まずは腕あたりから試そう。
切っ先を左腕に当てた、その時。
「レダウス!」
弟の声がした。




