6-46.恨めしいのは
僕が目が覚めたのは早朝。冬の空はまだ暗く、夜明け前だとしかわからない。もしかしたら夜中にふと目覚めてしまっただけなのかも。
そんなことをぼんやり考えていると、不意に部屋の外から悲鳴が聞こえた。カレンの物だった。それで、みんな起きてしまう。
「うえ……気持ち悪い……水」
「そうね。まだ頭がクラクラするわ。飲み過ぎちゃった」
「だなー。今の悲鳴は?」
「わからないわ。誰か確かめてきて」
井戸のある外にフラフラ向かっていく二日酔いのふたりを放って、残る三人でカレンの所に行く。つまりレダウスたちの部屋だ。
部屋の戸は空いていて、目に涙を浮かべたカレンが立っていた。
「レダウス様が……いないの。それにクリストンも」
「え?」
「いないの! ベッドに! どこにいるの!? ねえ、どこ!? 森に行ったとかないよね!? ねえ、無いって言ってよ!」
こちらにすがりつくように尋ねるけれど、そんなもの僕が知るわけがない。
けど、その可能性が高いのは事実だ。
「ねえキア! 外にレダウスはいる!? 水飲んでたりしないかしら!? それかトイレとか!」
窓から宿屋の裏庭に問いかけるアンリ。そこに井戸があるから。
「いないぞ。会ってない」
「そう……」
宿屋の他の場所も探したけれど、見つからない。つまり。
「森に行ったとしか考えられない。たぶん、カレンが眠っている間に抜け出した」
となれば、じっとしていられない。
レダウスが自身を犠牲にするのを許すわけにはいかない。
「アンリ。もふもふに乗せて。今すぐ森に行く」
「ええ! わかったわ!」
「みんなも急いで来て!」
「はい! わかりました! 酔っ払いさんたちもいいですね!?」
「おう。わかった。酔いはだいぶマシになったから」
「急ぎましょう。走ってる間にも酒は抜けるわよ」
馬小屋で眠っていたもふもふを起こして、上に載せてもらう。アンリの指示で町の門まで一直線に向かった。
ティナたちもついてきているけれど、馬の脚力には勝てない。戦場で合流できるのを期待しよう。
レダウスが出発したのは、どれくらい前だろう。クリストンと一緒に徒歩で向かったならば、馬の脚力で追いつけるかもしれない。森の中で戦っているのに合流できれば、自身を犠牲にする前に助けられるかも。
「もふもふ! 急いで!」
アンリの指示で、寝起きのもふもふは全速力で走った。頑張ってくれ。兄のために。僕のために。
――――
目覚めたらレダウスがいなかった。その時点でカレンは直感した。森に行ったのだと。
わかっている。レダウス様はそういう人。民を放っておけない優しい人。
受け入れられないのは、戦いにカレンを置いていったことだ。クリストンは連れて行ったのに。わたしはそんなに頼りない? そうかもしれないけれど、傷は癒せるのに。
ううん。レダウスはそんなつもりじゃないことも、理解していた。
守りたいから置いていったのだと。
それが悔しかった。
だから今、カレンは必死に走っている。レダウスを守りたい気持ちだって誰にも負けないつもりだから。
でも。
「カレンさんには無理です! ここから村まで走るのは、到底息が続きません!」
遥か前を走っているティナが、振り返って気遣わしげな声を出す。
「ここで待っていてください! ヨナ様が事態を収束させても、きっと兵隊さんたちには多くの負傷者が出てるはずです! 待って、治療を施してください!」
一方的に言って、また走ってしまった。
彼女たちに追いつけない。兵士として訓練していたティナにも、森で生活していたキアにも、学者だけれど以前から国中を歩き回って研究をしていたゾーラにも、体力面で勝てない。
息切れして地面に座り込むカレンは、前を呆然と見つめた。自分だけが戦いに参加できない現状を恨んだ。
恨むしかできなかった。
――――
東の空が白んでいる。夜明けが近い。もふもふは村へとひたすら駆ける。
村では、夜からずっと起きていたらしい村人たちが、僕たちの到来に驚いていた。町から第二陣が来るには早いから。
とはいえ、一緒に戦った顔見知りだ。不審に思われることはなかった。
「僕の兄が来ませんでしたか?」
「あ、ああ。さっき来たよ。あまり時間は経ってない。ふたりで、森の中に入った」
良かった。これなら追いつけるかも。ただし、僕たちは森をどう進めばいいかを知らない。
「僕もすぐに森に入りたいです。誰か案内できる人はいませんか?」
呼びかけたけれど、誰も答えられなかった。森の奥深くまで入った者はいない。
「仕方ないわ。大勢が森の中を歩いたんだから、足跡がついてるはずよ。それに馬は鼻がいいらしいわ。もふもふに人間の匂いを辿って貰いましょう」
「うん。そうだね」
もふもふに出来るかは、少し不安だ。
「もふもふ、人間の匂いを辿って。昨日よりも大勢の人が歩いているわ。武器とか鎧の鉄の匂いも強いはず。いける?」
短く鼻を鳴らしたもふもふは、地面に顔を近づけながらゆっくりと歩く。
キアなら、もっと迷いなく行けるだろうけれど。
「落ち着いて、ヨナ。もふもふは迷ったりしない。頑張っているから。きっとお兄さんを助けましょう」
「うん。そうだね。死なせはしない。絶対に」
ゆっくりと森を進むもふもふに、今は任せるしかなかった。




