6-45.一族の怨念
戦況は芳しくはなかった。多くの兵士や冒険者が村に突入して、魔物と乱戦を繰り広げている。こちらの方が数は多く、押している。しかし組織的な戦闘が出来ているとはいえず、敵も必死に抵抗していた。相当な死者が出ている。
今も冒険者がひとり、オーガに頭を握り潰された。彼女のことはよく知っていた。ミレーネさんみたいな立派な戦士になる、が口癖だった。
「おのれっ!」
落ち着け。冷静になれ。怒り狂っても勝てないぞ。
槍を握り直して、少しでも多くの命を救うために前に出る。襲ってきたゴブリンを振り払い、踏み潰して、誰か危機に陥っている者はいないか周囲を見回して。
明らかに他と異なる魔物の姿を見た。筋骨隆々とした格好のそれは、頭に角が生えていて、人間に近い姿をしていた。
手には書物を持っていた。
「見ろ! あそこだ! ガガイスがいるぞ! 殺せ!」
周囲に呼びかけながら駆ける。魔物の男は名前を呼ばれたからか、一瞬だけ目を見開き走り出した。村の片隅、森の奥の方へ。
ミレーネもすかさず追いかける。狭るオーガの股の下をくぐり抜けて、飛びかかるゴブリンを掴んで投げ飛ばし、ガガイスを止めようとして。
「させるかぁ!」
弱々しい、けれど意思を感じさせる叫びが聞こえる。横から飛び出してきた別の人型魔物に掴みかかられたミレーネは、押し倒されてしまう。
初老か老年の男性らしい魔物は、痩せ衰えていて弱々しい体つきで、しかしギラついた目でミレーネを押さえつけた。この細い手足のどこにそんな力があるのだろう。片腕なんか負傷しているのに。力んだ拍子に血が吹き出た。
「この血だ! この血の呪いのせいで! 我らは!」
「知るか!」
ミレーネは魔物の首を両手で掴んで締め上げた。空気を求めて口をパクパクさせる魔物だが、哀れむことなく力を入れ続ける。
奴が窒息する前に、細い首はゴキリと音を立てて折れた。
なんだったのだ、こいつは。いや、それよりガガイスを止めなければ。
起き上がろうとしたミレーネは、不意に地面が発光を始めたのに気づいた。
――――
ギリギリだったが、なんとか魔導書が完成した。そう報告すれば、父は腕を抑えながら外に飛び出した。計画を果たすために、命に代えても敵を食い止めると叫びながら。
ガガイスもすぐに外に出た。魔物は魔法陣をしっかりと描いていた。確認したが問題はなさそうだ。
ふと、人間がこちらの名前を呼んだ。なぜ知っている? そもそもなぜ、人間はここを把握して攻め込んだ? 情報はどこから漏れた?
疑問は消えないが、今はそれどころではない。
魔法陣の中心に立ち、書物を開く。途端に魔法陣が発光を始めた。魔法陣により書物から流れ出た魔力と、そこに混ざった父の血が、周囲の木々に吸収されていく。
「森よ! 一族の怨念を見続けたいた木々よ! 今こそ我らに力を貸せ! 憎き人間どもを皆殺しにせよ!」
呼びかけに応じるように、周囲の木々が身じろぎをした。幹の凹凸が動き目鼻のような形になった。その下に口のような裂け目が出来て、開く。
「英雄の血を浴びた者の子孫よ。お前の願いを叶えよう。血を。我らに血を寄越せ」
「与えよう! この森の木々全てに血をやる!」
そう言っている間にも、魔法の影響は広範囲に広がっていった。
中心に立つガガイスに近い木から変化が始まった。人の数倍の背丈がある巨木たちが、のっそりと動き出した。
地面に埋まっている根を引き抜くように地上に出して足のように動かし、枝を手のように広げる。凝り固まった体をほぐすような動きをしてから、周囲の人間を見下ろした。
これがトレント。命ある木。
鎧を着た兵士が、トレントに剣を向けている。しかし明らかに腰が引けているし体が震えていた。
「トレントよ。お前の力を見せろ」
「心得た」
怯える兵士に向けてトレントはのしのし近づいていく。動きは遅いな。しかし兵士が叫び声と共に振った刃は、木に一筋の傷すらつけられなかった。
トレントの方は無造作に枝を降る。それだけで兵士の体は宙を舞い、近くの家の壁に赤い染みを作った。それを見た別の兵士が慌てて逃げ出したが、トレントは枝を伸ばしてこれを容易く捕まえる。しなる枝で彼を持ち上げ、地面に叩きつけて一瞬で殺した。
兵士や冒険者共が矢を射掛けるが、刺さることなく落ちるだけ。しかし気にはなるのか、トレントはその場で膝を曲げるように根を動かし、跳躍した。
着地地点にいた弓兵が数人、踏み潰されて絶命した。
運良く踏み潰されなかった弓兵のひとりが逃げ出して、近くにある家の中に入った。トレントはそれを追いかけ、木造の建築物であるそれを二本の枝で挟むように掴む。
バキバキと音を立てて家が砕けた。屋根が割れ、壁が折れ、中から悲鳴が聞こえる。一瞬にして木片の山となった家の中で動けなくなった弓兵に、太い枝が振り下ろされて命を奪った。
「おお! これがトレントの力か! いいぞ! もっとやれ! もっとだ! このまま人間どもを皆殺しにしろ!」
高揚するガガイスの前で、二体目のトレントが動き出した。このままどんどん、トレントたちは目覚めて動くだろう。もはや誰にも止められない。
いける。英雄の子孫どころか、周囲一帯の人間を殲滅できる。ガガイスは勝利を確信して高笑いをした。
――――
巨木が動いて人を容易く殺す。圧倒的な力と頑丈さ。単純なパワーだけで敵を蹂躙するその姿に、ミレーネは悟ってしまった。
人の身で勝つことはできない、と。
どんな大軍も容易く蹴散らしてしまうだろう。町の柵も役に立たない。そこにいる人間はただ踏み潰されて、逃げることしか許されない。残された町は、そこにあった人間の営みの証と共に粉々に壊される。
「こんなもの、どうすれば……」
槍を握ったまま、木の怪物の動きを呆然と見つめていた。彼女は気づかなかった。二体目のトレントが動き出して、自身に向かっていたことを。
「ミレーネ! 危ない避けろ!」
呼びかけに、ハッとして横を見た。自身に振り下ろされる枝を見たのと、彼女の体が引っ張られるのは同時だった。
枝が地面を打つ。ミレーネは引っ張ってくれたレダウスと共にトレントから逃げていった。
「レダウス、どうしてここに」
「国民の危機だ。のんびり町で過ごすなんか無理だ」
「けれど」
「俺は王族だ。国を守るのが使命だ。……とはいえ、あれには勝てないな」
レダウスにも、木の怪物の存在は驚きだったらしい。
「それでも奴を止めないと。これ以上、怪物を増やさせはしない」
覚悟の決まった声だった。
「レダウス。君はまさか。やめろ、それは」
「俺が犠牲にならなきゃ、国民が死ぬ一方だ。被害は数万人か? 桁が違うか? ……俺ひとりの命で止められるなら安いものだ」




