6-44.かつての英雄村
明日。新年を迎える前日の昼にでも、人間への攻撃を開始しようとガガイスは考えて、彼自身は眠っていた。
しかし森の周りを見張っているコウモリ型の魔物が異変を察知して、ガガイスに報告が上がった。人間が隊列を組んでこちらに向かっていると。
なぜ、こちらの存在が明らかになったのかは知らない。明日の攻撃も知っているのだろうか。なぜだ?
考えている暇はない。
「ガガイス!」
寝床に父がやってきた。昼間切開していた腕には包帯を巻いているが、魔導書の作成のために血を抜かれ続けていた体は衰弱しており、配下の魔物に支えられてなんとか歩いている状態。
しかし目だけは爛々と輝いていた。
「人間が来ているようだな! いい機会だ! 今すぐ攻撃に移れ! 魔法はもうすぐ完成するのだろう!?」
「あ、ああ。もう少しだ。もう少し血を」
「使えぇっ!」
片手で握ったナイフで、包帯ごと腕を切り裂いた。血が滴り床に広がっていく。立てなくなったのか、父の体も崩れ落ちる。
「今すぐ完成させろぉ! 俺の命などくれてやる!」
その覚悟は十分に伝わった。ガガイスは作りかけの書を掴んで机の上に広げた。
「魔物たちを叩き起こせ! 迎撃させろ! この村に入れてはいけない! それから! 誰か森に魔法陣を書け! 今夜、決行する!」
父を連れてきた魔物に呼びかけて、自分は魔導書の完成に取り掛かった。さほど時間はかかるまい。
心配なのは、迎撃の魔物たちの指揮を取れないことだ。木々を魔物化させるために森の地面にも魔法陣を描く必要があるが、それも配下に任せないといけない。
彼らを信頼はしているが、自らやりたかった。緊急事態だから仕方がないが。
ふと思った。カカエラがいれば、任せても良かっただろうに。あんな妹でも血縁者だ。一族の悲願には協力してくれるだろう。頭も悪くない。魔物の指揮くらいなら容易くやってのけるだろう。
まったく、あいつはどこにいるのか。
いない者のことを考えても意味はない。ガガイスは筆を取り、父の血を掬って紙の上に走らせる作業に専念した。
――――
音の方へ向かったミレーネが見たのは、大量の魔物に圧倒される兵士たちだった。森の中で隊列を組んでいた彼らを、魔物側は先んじて察知したらしい。昨日と異なり、向こうが奇襲に成功して先手を取った。
先導していた兵士たちは、オーガの群れの突進を受けて踏み潰されねていた。あれでは命はないだろう。後続の兵士が盾を構えたが、ひとりだけではオーガの突進は受け止められず、突き飛ばされて背中から木の幹に激突した。落ちた彼は首が折れているようだ。
棍棒を振り回すオークに兵士は果敢に挑んでいる。数体は討ち取ったものの、結局は数に押し切られてしまう。棍棒が横っ面に当たって、首が一回転した。
その他、あちこちで兵士の死が見られた。
なんてことだ。今の時点で、昨日の戦いよりも死者は多い。
バイコーンに騎乗したオーガが兵士を蹴散らしていた。奴はふと、こちらに気づく。ひ弱な女だと見たらしい奴はニヤリと笑みを浮かべて、突進をかけてきた。
ミレーネの側もオーガへ接近しながら、地面に槍を深く突き立てた。そして自分は横に回避。
突き立った槍の柄に頭を直撃させた邪悪なる馬はバランスを崩して転倒。上のオーガも落馬した。倒れたオーガが起き上がる前に、ミレーネはナイフを抜いて首をかき切る。
槍も抜いて次の敵に備えようとした。周りの冒険者たちも駆けつけて、次第に魔物を押していく。誰かが言った。建物があると。
ガガイスの拠点は、昔放棄された英雄村だ。そこに着いたということか。
「みんな! もう少しだ! 押せ! 奴らを壊滅させるぞ!」
ミレーネの呼びかけに冒険者たちは村の方に駆け出す。しかし直後に、何人かが苦しむような声と共に倒れ込んだ。
見れば、木々に身を隠していたボーンラビットが飛び出して角を冒険者たちの胸に刺していた。
ミレーネにも数体のウサギが襲いかかる。それらを蹴飛ばし、槍で払い、踏み潰して前に進む。
途端に視界が開けた。ここは敵の拠点でもあり、木々は伐採されていた。空に星が見える。
村の中に入れば、さすがにウサギが隠れるような茂みはない。かと思えば、屋根の上に待機していたらしいウサギが雨のように角を下に降り注いだ。
「小癪なっ! 捨て身の攻撃ならばわたしを殺せると思ったか!?」
落下するウサギを見極めながら一歩引き、槍を振る。ウサギたちをまとめて槍で薙ぎ払い、地面に叩きつけた。白い体が重なり合い、血が流れ、元々何体いたのかわからない塊になった。
「次は誰だ!?」
ミレーネの声に反応して、建物の陰から魔物が次々に出てくる。オークにオーガに、小型のゴブリンもいた。
多いな。だが問題ない。
「怯むな! 我々とて大軍だ! 奴らを殲滅しろ! 家の中を探してガガイスを見つけ出せ! 人間に近い格好をしているはずだ! 殺して計画を阻止しろ!」
そしてミレーネ自身で先陣を切る。ゴブリンの一体を蹴飛ばしてオークの顔にぶつけ、怯んだ所で奴の胸に槍を刺す。オークの腹を蹴って槍を抜き、背後から狭る別のオークへと振り抜いて横っ面を殴打した。
怯んだオークを蹴飛ばして倒して、地面に落ちていた誰かの剣を拾って喉を切って殺す。この剣の本来の持ち主の死体が転がっているのが見えたが、その死を悼む暇はない。
新しい死体ができかけていた。若い冒険者が足を怪我したらしく、地面に尻をつけていた。そこに狭るオーク。座り込んだまま後退る彼にオークが掴みかかる寸前に、拾った剣を投げる。
脇腹に刺さって、オークは倒れた。
「大丈夫か? 下がれ。命は大事にしろ」
冒険者を庇うように立ち、他の敵に備える。




