6-41.戦場から遠ざける
隊長が他の兵士たちに指示を出せば、軍の本部は大騒ぎとなった。娼館への攻撃とは訳が違う。敵の大軍勢がどれほどの物かは不明だけど、昨日よりもさらに戦力が必要なのは確実。
しかも、明日は今年の最終日。ガガイスの攻撃が年内に行われるらしいのだから、時間がない。
ガガイスの魔法を止められる候補者である僕とレダウスは、兵士たちが構ってもらえるほど暇ではなくなった。勝手に帰れとばかりに放置された。
お前らが生贄になれとは言われなかった。英雄の子孫とはいえ、町の外から来た旅行者が、自ら命を断って町の危機を救うとは思われていないのだろう。
こちらとしても、町のために死ぬ気はない。英雄村の誰かに死んでほしいとも思わない。
ガガイスの野望は魔法が使われる前に攻め込んで阻止するという、兵の方針に賛成だ。
間に合えばいいのだけど。
本部の外に出ると、ティナたちが心配そうに待っていた。カレンとクリストンもいる。
「あの。ヨナ様どうしたのでしょうか。急に兵隊さんたちの動きが慌ただしくなって、武装して隊列を組んで、どんどん出ていってますし。町もなんか騒がしいです。ギルドや貴族の屋敷方に馬がいくつも走っていて。訊いても答えてくれなくて」
そりゃ、ただの旅人でしかないティナたちに答えてる暇はないよな。
兵士は準備が出来た端から森へ向かわせているのか。冒険者ギルドにも協力を要請しているらしい。近隣の町への伝令もされているのだろう。
空を見れば、既に暗くなりかけていた。夜のうちに決戦を仕掛けるつもりか。時間が無いものな。
「大変なことが判明した。落ち着いて聞いてほしい」
できるだけ手短に、レリュードから聞いたことを説明した。
ジェイザックの血を引くものの自己犠牲で、敵の陰謀を挫けることも。
「そう、ですか……」
話を聞いたティナは考え込む顔になったけど、すぐに笑みを見せた。
「よし、ヨナ様。ご飯にしましょう」
「いや、なんでさ!?」
「キアさん、今日は飲んでいいですよ。いくらでも飲みましょう! さっき魔物からヨナ様を助けてくれたお礼をします!」
「え? いやいや。待て。なんでそうなる。飲めるのは嬉しいけど、町はそれどころじゃないだろ?」
「そうよティナ! 今すぐにでも、兵士についていって、ガガイス? とかいう奴の拠点を叩きましょう!」
「いいえ。ここはティナの言う通りにすべきよ」
なぜか、ゾーラが呑気な提案に同調した。
「ヨナくんも、レダウス王子も、戦場に連れて行かせる気はない。ティナはそう言いたいのよね?」
「はい。おふたりに死ぬ気がないのは理解しています。けれど、戦場に立てば万一ということもあります。なので、行かせません」
「でも、僕は」
戦いに行かなきゃいけない。
そう言おうとして、言えなかった。行く理由が見つからなかったから。
この町の問題だ。レリュードもカカエラもガガイスも、英雄村の子孫たちも。全部ここの地元の話だ。僕が危険な戦地に行って命を晒す義理はない。
そうなんだけど。
「ヨナ様はお優しいから、放ってはおけないのですよね?」
「……」
確かに、こんな一大事を放って呑気に食事をするのは気が引けるけど。
「ヨナウス。みんなの言うとおりだ。俺たちは行くべきじゃない」
レダウスが静かに語りかけた。そちらを見ると、カレンとクリストンも安堵の顔をしている。レダウスを行かせたくない気持ちは一緒か。
「もし兵士による襲撃が失敗して、町に軍勢が押し寄せたら、その時は防衛に回る。それでどうだ?」
町を見捨てられない僕の心中を慮ってか、レダウスは続けた。そうだ。町の防衛も大事な仕事だ。
「決まりですね! では美味しいもの食べに行きましょう! さあさあヨナ様! 何食べたいですか!?」
「うわっ!? 別に普通に歩けるから!」
ティナが僕に後ろから抱きついて、飲食店が集まる大通りまで押していく。
僕を案じているからこそ、この選択なんだろう。嬉しかった。でも、どうしても心がモヤモヤした。
手頃な酒場に入って、ティナは大量の料理と酒を注文した。
店内は閑散としていた。魔物による大規模攻撃の話は既に町中に広まっているらしい。町のために戦いに行くか、町から逃げ出しているかその準備をしている住民が多い。
呑気に夕食をしている暇がある者は少ないらしい。店自体が閉まっているのも見かけた。
もちろん、町を逃げ出せない者も多いわけで。ここはそういう店のひとつだ。
店の雰囲気は辛気臭いものになっているのは、仕方ないな。
「あー。じゃあ、飲むか。飲むぞ……」
酒を前にして、こんなに気が乗らない様子のキアも珍しい。僕やティナを気遣うように目を向けてから、グラスに口をつける。
で、少ししたら。
「うぇー! もっと酒持ってこい! この町はアタシが守るからな! 魔物が来ても追い払ってやる!」
とまあ、いつも通りすっかり酔っ払って進んで酒を飲むようになってしまった。
「いいですよキアさん! どんどん飲みましょう! 今日はぶっ倒れるまで飲んでください!」
「あはは! なんかティナがこういうこと言ってくれるの珍しいな! すげぇいくらでも飲める気がする!」
「本当にぶっ倒れるのは勘弁してね」
「なによう。ヨナくん真面目すぎるわよー。ほらほら。あなたも飲む?」
「僕子供。飲めないから」
「気にしない気にしない。どうせ誰も見てないわよー!」
ゾーラも今日は積極的に飲んでいて、僕に絡みにきている。寄りかかって腕を回して、大きな胸を押し付けていて。
「ちょっ! ゾーラさんそれは駄目ですよ! ヨナ様を誘惑しないで! その下品な胸はしまってください!」
「しまってるわよー。別に見せつけてないし。あ、見たい?」
「見たくないです!」
「あははー!」
「アンリさんも! この邪悪な巨乳を止めてください!」
「む、無理……」
「ほらほらー。アンリも飲んでみろって。酒ってすげえ美味いから!」
「わたしも子供! そんなことしないわ!」
「いいだろいいだろー。飲め飲め」
「え、英雄はそんなものに溺れたりしないのよ!」
アンリはキアに迫られて必死に抵抗していた。頬にグラスを押し付けられて、かなり困っていた。
駄目だ。酔っ払いがふたりもいたら、僕にはどうしようもない。
戦いに行くなんて無理だ。




