6-39.魔物に流れる英雄の血
人間と魔物が愛し合うのは理解できない。すくなくとも、カカエラはレリュードを愛していないように見えるし。
「野暮な事を聞くな。恋に落ちるのに理由なんかいらないよ。強いて言えば、お互い境遇に不満を持っていたからだ。君たちが興味を持つべきはここから先だ。カカエラの祖先はかつて、英雄ジェイザックと争った。伝説にも残っているから知っているはずだ」
「魔物に攫われた娘を助けに森へ入った話?」
「そう。ジェイザックは魔物の群れと戦い、重傷を負いながらも娘を助けた。娘とジェイザックの子孫が住むのが英雄村だ。僕の村で、お前たちの祖先の村」
「ちょっと待って。ジェイザックが重傷を負った?」
「人間の伝説ではそこまでは語られていない。英雄に都合のいい箇所しか残さなかったんだろう。だけどカカエラの先祖は確かにジェイザックに挑み、重傷を負わせて返り血を浴びた。直後に自分も動けなくなるほどの傷を受けた。英雄の血が魔物の血に混ざり、体内に残った」
そんなことがありえるのか? 疑わしい。カカエラには別の目的があって、そのためにレリュードを利用してる方が、納得できる。
けれど本当のことは誰にもわからないし、レリュードは確信を持っている。
「それ以降カカエラの代に至るまで、ジェイザックの子孫に関する何らかの力が、家系の全員に備わってきた。カカエラの場合は、人間を見たときにそれがジェイザックの子孫かどうかを見極められる」
だからカカエラは僕を見て反応したのか。
「面白いと思わない? カカエラは僕や君たちと同じなんだよ。遠い昔にジェイザックの血を受けて、それを受け継いできた。遠い遠い親戚だ」
血か。僕の前にはいつも、これが立ち塞がる。
「それで。魔物の恋人と組んで、なんであんなことをしたの?」
「カカエラの兄が問題だ。僕も会ったことはないけど、ガガイスという名前で、大層苛烈な性格らしい。彼の力は……ジェイザックの子孫が近くにいると、苦しいんだとさ。それだけ」
「ジェイザックと戦った魔物の子孫に相応しいね。異能よりは呪いと言うべきかな?」
「全くだ。ガガイスにはそれが耐えられなかった。魔物のお偉方から与えられた彼の住処は、人間の住処に近かったからね。だから彼は対策に乗り出した。今まさに、前哨戦をしている」
「もしかして、町の周りに魔物がずっと押し寄せているのは」
「ガガイスの指示だ」
町の窮状の原因がようやくわかった。
やっぱり、大きな陰謀の一部だっんだ。
「こうして町を疲弊させた後に、軍勢を作り上げて森の外に攻め込み、周囲一帯の人間を殲滅する。英雄の子孫を一掃した上で、さらに人間の領地の奥深くまで攻撃を仕掛けて大打撃を与える。こうやって魔物の生存域を広げる計画だ。手柄を挙げれば、魔物の中の地位も上がる」
「攻撃? どうやるの? 軍勢を作り上げる?」
「カカエラの父に備わっていた力が関係するらしい。これを使って森の中に大きな魔法を展開して、大軍勢を呼び出すと」
肝心な箇所が具体的じゃない。大軍勢ってなんなんだ。父の力っていうのもわからない。
どうやらレリュードには、そこは大した問題ではないらしい。
「魔法か。くだらない。そんなことはさせない。僕は英雄の子孫だ。人間を守る使命がある」
ここで、レリュードの言っていたことに戻る。
カカエラの言葉。あんな奴の野望が叶うのは嫌だというのは、ガガイスのことなのか。同じ魔物だけれど、仲の悪い兄妹で対立した。相手の野望を邪魔したくなった。気持ちはよくわかるとも。
これで両者の目的が一致した。
「レリュードとカカエラは、ガガイスの計画を阻止するために、今回の事件を起こした?」
「そうだ。カカエラはガガイスが嫌いだったらしい。兄から虐げられていたと。そして森の端で偶然僕と出会って恋に落ちた。だったらもう、計画を止めるしかないよね?」
「でもどうして、女の子たちを攫ったの?」
「最大限の苦しみを与えるためさ。娼館も、町から呼び寄せた変態貴族たちも、単なる手段に過ぎない」
レリュードは一旦言葉を切って、不敵に笑った。ここが重要なことだから。
「ガガイスのやろうとしている魔法を止めるには、ジェイザックの子孫の血が必要。魔力が打ち消し合うそうだ。カカエラはそう言っていた。それも自らの意思で流した大量の血が。血を流した者が死ぬ程の量だ」
保護されたハレハは言っていたらしい。死にたいと。
そう思わされるほどの苦しみを受けた。それがレリュードの意図したこと。
英雄の子孫の血が必要。
きっとそれも、ジェイザックの血を受けた魔物の一族の呪いの一種なのだろう。
「僕だって英雄の血を引くひとりだ。けど、自らの命で災いを止める覚悟ができなかった。同じ村の仲間を地獄に叩き落とす覚悟は出来た。失敗して、大罪人として死罪にされる覚悟もあった。でも自殺する覚悟だけはできなかった」
身勝手な理屈だ。気持ちは理解しなくもないけれど。
自分の命と引き換えに世界を守れる英雄になる、か。格好いいじゃないか。けど、実際に自分が命を捨てられるかは別問題だ。
どれだけ勇気がいることだろう。
人でなしと言われても、他人にその役目を押し付ける感情は理解できる。
レリュードには愛する人もいるのだから。
「だから娼館を作った。カカエラに同調する魔物の協力を得てね。集めた娘たちの中から最も深い絶望を抱いた者を選んで、自殺させて魔法を消し去る予定だったが、失敗した。集団で脱走なんて。娘をひとりだけ攫って集中的に犯せば、逃げ出しても容易に捕まえられたのに。騒ぎも大きくならなかっただろう。選ぶ余地を作るのが間違いだった」
「失敗を認めるんだ」
「僕は潔い性格だからね」
どの口が。
「この町が心配するべきは、次の生贄だ。ガガイスの魔法は確実に町を滅ぼす。この地以外に住む人間も大勢殺す。止めるには、英雄の血を引く者の自殺が必要だ。けれど娘たちは保護されて、自ら死を選ぶことはないだろう」
レリュードは、楽しくて仕方がないとばかりに笑みを浮かべて話した。




