6-33.美しい馬に惹かれて
端から鍵を開けていく。僕も聖剣の力で牢の扉を壊して娘たちを解放していった。
みんな酷い状態だ。裸で、体中傷だらけで、やせ細っていた。食事もろくに与えられていなかったらしい。
「カレン。傷が酷い者から治療してくれ。苦労をかけるが、頼む」
「はい、レダウス様。苦労だなんてとんでもないです」
聖女の治癒の異能によって、娘たちの傷は癒えていく。体を隠す布も与えられた。食事は、村に帰らないと十分な量はない。この建物内から調達できた僅かな食料を、衰弱が激しい子を優先して与えていく。
とりあえず、みんな一命はとりとめた。
「良かった。本当に良かった」
少女たちを見て、レダウスは心から安堵した声を出した。
「さあ。村に帰りましょうか」
ティナの言葉に誰も反対しなかった。
拠点を潰したとはいえ、ここは漆黒の森の只中。いつ魔物が襲ってくるかわからない。
村人や兵士たちに娘を預けて、僕たちは村の方向へと歩く。村がどっちにあるかなんて覚えてないけれど、キアにはわかるらしい。迷いなく進んでいのに、みんなぞろぞろついていく。
戦いが終わったのもあって、なんとなく緩い空気が漂っていた。
連れ去られた娘を大勢保護して、多くの魔物を討ち果たした。兵士や冒険者の方にも死者はいたが、ごく少数だった。
大戦果と言っていい。
「あ。皆さんちょっと手伝ってください! あのオーガの下にわたしの剣があって! 回収するの手伝ってくださーい!」
ティナの呼びかけに兵士たちが集まってくる。なんというか、大きな仕事を終えた一体感みたいなのがあった。
そんな良い雰囲気の帰路の途中、キアがこちらに手のひらを向け止まれの合図をした。
「バイコーンだ。生き残りがいたらしい」
たしかに、少し離れた所にいた。獲物が見つからないのか、所在なさげにうろうろ歩いている。仲間からはぐれてしまって、ひとりでどうすればいいか判断がつきかねている様子だ。
こちらには気づいていない。けれど危険な敵なのは間違いない。さっきの戦闘で誰かに重傷を負わせたのか、角には血がついていた。
「どうどう。もふもふ落ち着いて。わたしに任せて」
さっきみたいに、考え無しには突撃しない。そんな様子のアンリがもふもふを宥めながら弓を構えた。
少し離れた場所だったけど、矢はバイコーンの首に刺さった。まだ息があったため、数人で接近して仕留めた。
「やっぱり魔物の森ね。油断しちゃいけないわ」
「だね。早く村へ行かないと」
「なあ。あれ。誰か倒れてねぇか?」
キアが指差した方に、木の陰から足だけ出ているのが見えた。
あのバイコーンにやられたとか? でも、なんでここに? 戦場からは離れている。何かの理由で村人が森に入り込んで、今のバイコーンにやられたとか?
近くにいたレダウスとカレンが様子を見に行った。
直後、カレンの大きな悲鳴が森の中に響いた。
――――
レダウスたちが森の中に入った後、ラルフは村の片付けの続きをしていた。
村の男衆も殆どが森に入ったから、貴重な男手ということで、休める雰囲気ではなかった。
死んだ家畜たちを埋葬する穴を掘っていく。この襲撃では馬も大勢が死んだ。地方の小さな村の馬は痩せ細っていてみすぼらしい見た目ばかりで、昨日見たバイコーンの姿を忘れさせるには至らなかった。
理解しているとも。あれは殺さなきゃいけない。森の中の奴らの拠点には、更に多くのバイコーンがいる。レダウスたちはそれを相手に戦って、殺している。
魔物は死ぬべき。あれを自らの手で飼育して手懐けるなんて、無理だ。けれど、せめてもう一度見て、姿を目に焼き付けたかった。
無理だとわかっているから、忘れるべく作業に精を出していたところ、女のけたたましい悲鳴が聞こえた。
村長の家からだった。何事かと人が集まってくる。ラルフもそれに混ざった。
寝室で、村長が首を吊って死んでいた。足元には書き置きが残されていた。
朝は、元気こそ無かったけれど、森へ行く一行を送り出したのに。その後、残った村人たちに指示を出していたのに。少し目を離した途端に、自ら死を選んだ。
村が立ち直るための最後の仕事を果たして、罪人となった息子が連れ戻されるのは見たくないと考えた結果か。
村長の妻らしき女がすがりついて泣いているのを見ながら、村の女たちは悲嘆に暮れた様子で話していた。これからどうする? 次の村長は誰? 誰に相談すべき? あの男に報告して、みんなを集めないと。ああ、次のまとめ役は彼がいい。けど、今森の中に。帰ってくるのを待つか。
村長の次に、皆に頼りにされている男がいるらしい。彼がこの場にいないのが皆不安で、けれど森に入って戦うこと自体も大変だから待つしかない。そんなムードになっていた。
「あの。僕、その人に知らせてきます。村長が亡くなったこと」
気がつけばラルフは言っていた。村人の視線が一斉に集まる。
いいよ。待ってな。すぐに帰ってくるから。村人たちは止めるけれど、ラルフは行くつもりだった。
行く理由が出来たと、食いついてしまった。みんなが戦っていて、ひとりだけ行けなかった森に。あの美しい馬がいる森に行ける理由が出来た。こじつけでもいい。行かないと。
村人たちも、ラルフが強引に森に入れば追えなくなってしまった。
レダウスたちはどこにいるのだろう。森の中で戦いは起こっているはずなのに。耳をすませれば音が聞こえるかな?
がさりと音がした。見れば、木々の隙間から、あの馬が見えた。
一頭だけ、仲間からはぐれてしまったのか。
そんなことはどうでも良かった。
木漏れ日に照らされながら佇むバイコーンの美しさに目を奪われたラルフは、息をするのも忘れるほど見惚れてしまって。
人を殺すことしか考えていない魔物が突っ込んでくるのに、何の対処もできなかった。
バイコーンの角はラルフの心臓を貫き、一瞬で命を奪った。そのまま頭を振ってラルフを振り通したバイコーンは、次の獲物を探して森をさまよい始めた。




