6-24.聖女のこと
彼女の目にあるのは、底無しの愛だ。そこまで出来る彼女に、狂気を感じる一面もあった。
けれど、理解も出来た。
得体の知れない相手だと思っていたが、話せばわかるものだ。
彼女ほど、自分はレダウスを愛せるだろうか。そんな不安が心の中に残った。
「わたしのことも教えてあげる。と言っても、大したことじゃないけれど」
「聞きましょう」
「庶民の生まれなの、わたし。養父からは聖職者然とした話し方をしなさいと言われてるけど、こっちが素」
「丁寧だか砕けてるかわからない話し方しますもんね。驚いた時とか特に」
「でしょ? 治癒の異能を見いだされて、教会の偉い人の養子になって貴族の仲間入り。聖女になれってさ」
聖女がなんなのか、いまだによくわからない。この宗教の象徴になるような人らしい。若く美しい女が選ばれる。
偶像崇拝の対象であり、民衆の人気を集める道具みたいなものだとカレンは理解していた。
「でもまあ、こういう生まれだから、貴族の暮らしにななかなか馴染めないの。学園に入れなんて言われても、最初は戸惑うだけ。お金持ちって面倒なんだね。謎のマナーとかルールとか。家同士の力関係で作法が変わるとか。意味わかんない。学園で寮生活を送らされて、庶民出身だから周りから浮いていて困ってたの。レダウス様はそんなわたしを助けてくれた」
友達の輪にいれてくれた。同い年で聖女だからかもしれない。民の暮らしに興味がある彼の求めに応じられる出自だったからかも。
とにかくカレンは王子という後ろ盾を得て、学園生活が楽になった。
感謝してもしきれない。それにレダウスは素敵な人だ。だから女として、そういう感情を持つのに時間はかからなかった。
「好きなの。レダウス様のことが。だからティナ。あなたはちゃんとヨナウスの手綱を握っていて。間違っても、またレダウス様が刺されるようなことは無いようにして」
「かしこまりました。その心配はないと思いますよ」
「だといいけれど」
ふと、ベッドの方で動きがあった。ハレハが起きたのかな。
「あ。ごめんなさい。お喋りに夢中になってしまいました。起こしてしまいましたか?」
「いいえ。いいの。それより、あなたは本当に魔物を退治して、やり返してくれるの?」
起きたばかりで頭もあまり働いてないだろうに、ハレハは真っ先に尋ねた。
「はい。それはもう。まずは、何があったか教えてもらえますか?」
ハレハは頷き、ゆっくりと話した。
想像していたよりも非道な内容だった。
――――
焼いたネズミを振る舞おうとしたキアのことは止めた。
「なんだよ! アタシがせっかく、自分で全部食いたい所を我慢して譲ってやるって気になってたのに!」
「だったらせめて自分だけで消費しなさい! なんで変なことで気を回すのよ!? 余所の人に変なところ見せないで!」
「まあ、独り占めしていいなら、それはそれで嬉しいけど」
「やるならこっそりやりなさいよね。変なことしてるの見られるだけでも恥だから」
「なんでだよ……」
そんなやりとりもしつつ、村の片付けを続ける。今は休憩しているところだ。
家の瓦礫を運んで一箇所に集める重労働を誰よりも頑張っていたもふもふは、アンリに撫でてもらっている。
どう触れれば馬が喜ぶのか、アンリはラルフから教えてもらっていた。別に知識が無くてもアンリともふもふの関係は強固だろうけれど、あって悪いものじゃない。
元々は貴族の家で観賞用として飼われていた馬なわけで。毛並みの手入れをちゃんとすれば、人目を強く引くほど美しい馬になる。どうせなら綺麗にしてもらった方がもふもふも喜ぶらしかった。
教えているラルフも、自分が馬を美しくする術を持っていることには誇りがあるらしい。アンリに丁寧に教えている。
けれど、どこか表情が暗かった。
「ねえ、アンリ」
「なにかしら?」
「さっきの魔物。バイコーンだっけ。どう思う?」
「どうって……強そうだったわね。大きさももふもふと同じくらい。力比べしたら互角かも。角がある分、もふもふが負けちゃうかもしれないわね」
「そう、だね。けれどバイコーンの方が負けた」
「ヨナが倒してくれたからね!」
「倒してくれた。そうだね……うん。その通りだ。アンリは、もふもふ以外の馬が死ぬことは、どう思っているの?」
「どうって、難しい質問ね。この村でも、人と同じように家畜がたくさん殺されていたわ。馬も死んでいた。それは悲しいわ。でも悲しいって思うだけ。バイコーンは……別に悲しくない。魔物だったら殺さなきゃ。そういう思いよ」
「そうか。割り切っているんだね。けれど僕には無理だ」
「え?」
「さっき森でバイコーンを見た時、惹きつけられてしまった。美しいって思ってしまった。大きな体躯に綺麗な毛並み。手入れしたい。愛でたい。そう思ってしまった。いけないことだとは理解しているんだけど……」
ラルフはバイコーンに、馬としての美しさを見出していてしまったらしい。
確かに強そうな体つきはしていた。角のある馬というのが珍しいのもあるだろう。
けれど魔物は魔物だ。奴らは人間とは共存できないし、見つけたら殺すしかない。ラルフだって理解している。
だから悩んでいる。
「あの馬を飼いならしたい。僕ならもっと美しくできる。そう考えてしまったんだ」
「そうなのね」
「駄目な人間だと思うかい?」
「えーっと。それは。思わないわ。ええ、思わない。魔物は倒すべきだけどね。でも、強そうな馬っていいわよね、うん」
アンリは明らかに返答に困っていた。もふもふ以外の馬に興味なんかないし、魔物は殺すという方針は譲らない。
だってアンリは英雄なのだから。魔物に惹かれたラルフのことが理解できない様子だった。
「そうだね。うん。なんとか自分の中で解決する」
「え、ええ。そうね。頑張って」
アンリにもわかってもらえないと察したラルフは肩を落とした。
誰も、彼の力になってあげられそうになかった。




