6-23.ティナの使命
何もかもカレンの常識外の振る舞いをするティナは続ける。
「本当に生きたくないなら、死ぬのもありだと思います。わたしに止めることはできません。けど、その前に食事はしてください。そして、何があったか教えてください。魔物に酷いことをされたのでしょう? 復讐はわたしたちがやります。死ぬかどうか考えるのは、その後でも遅くはありません」
「……」
死ぬなと言われなかったことに、ハレハは驚きの目を向けていた。カレンだって同じ気持ちだ。
「カレンさん。わたしたちは先にいただきましょう。冷めないうちに」
「え、ええ」
ティナのことが何一つ理解できないカレンだけど、誘われて食事に手を付ける。
「どうですか?」
「美味しい……」
「ふふっ。良かった」
村人が貯蔵していたパンは固くてひどいものだったけど、ティナお手製のスープと野菜の煮物は本当に美味しかった。
躊躇なく魔物を殺していた手から、こんなものが作られるのが、意外だ。
「あなたは、旅の中でもよく料理を?」
「いいえ。旅では町の食堂を使うことが多いので。わたしが料理することはたまにしか無いです」
「そうなの。じゃあ、上手いのは元々?」
「はい! わたし、王都ではパン屋の娘だったので!」
誇らしいとばかりに薄い胸を張る。パン屋だとシチュー作りが上手くなるのは、どういう理屈なんだろう。
けれど美味しかったのは事実。ティナは得体の知れない相手だけれど、悪人ではないのだと思う。気がつけばカレンは完食していた。
しかも、美味しそうに食べてたのだろうな。ふとハレハの方を見れば、結局空腹に負けて食事に手を付けていた。こっちも完食した。じゃあ、何があって裸でオーガに狙われていたのか聞こうとしたら。
「すぅ……すぅ……」
よほど疲れていたのか、横になって寝てしまった。
「精神的にも限界が来ていたのでしょうね。仕方ないですよ。起きるまで待ってあげましょう」
「ええ……そうですね」
真相を早く聞きたいところだけど、焦ってはいけない。ハレハはここから逃げたりしない。
「でも良かったです。食事をしたということは、ハレハさんはもう、自ら死を選ぶことはないでしょう」
「ねえ、なんでさっき、死んじゃいけないって言わなかったの?」
この得体の知れない女とふたりきりで過ごすのは居心地が悪い。けれど良い機会でもある。気になったことを尋ねてみた。
「弱ってる人の考えを否定しても、より深く絶望するだけですから。寄り添って絶望の原因を突き止めて、立ち直る方向に誘導してあげた方が良いかなと思いました」
思ったよりもまともな答えが返ってきた。
「そ、そうだったの。なるほどね。もしかして、ヨナウスにもそうやって接しているの?」
「はい!」
隠すことはないとばかりに、笑顔で返事をした。
「ヨナ様の場合はもう少し複雑なのですけれど。でも絶望していたのは同じです。父に見放されて追い出された挙げ句、殺されかけたのですから。偶然異能を手に入れて、人を殺して復讐ができるようになってしまった」
それも含めて絶望か。そのまま死んでいた方が、無念ではあるけど苦しみは終わっていた。
しかしヨナウスは生きて、絶望が続く。今もずっと続いている。
「初めて人を殺した時、ヨナ様は震えていました。彼を抱きしめた時、確信したんです。彼を正しく成長させることが、わたしの使命なのだと」
「使命?」
「そんな重いものじゃないですね。わたしもヨナ様に救われたので、お返しをするとか、そんな意味合いです。ヨナ様は幼い。年相応に視野が狭くて、危なっかしい子です。その上家族からの愛情を受けて育っていないから、内面が歪んでいる。しかも復讐に心を奪われている。その理由も力もある。気に入った木の枝を振り回すなんて子供っぽい行為ですら、彼には血の匂いと結びついてしまう」
「子供の精神として、普通じゃないってこと?」
「そうです。だからわたしが付き従って、導く必要があるのです。復讐が必要なら遂げさせます。悪人がいれば斬るべきです。けれどそれを繰り返せば、彼はまともな大人にはなれない。気に入らない人間がいれば即座に切り捨てる。彼自身が、そういう悪になってしまう」
既にそうなりかけている。ヨナウスはレダウスと再会した直後、躊躇いなく刺し殺そうとした。
「だから、一線をわたしが見極めます。暴走しかけたら止める。情緒を育てて、正しい大人になるよう誘導する。それが、力を持ってしまった、ただの幼いヨナ様に必要なことなんです。それをわたしがやる。彼の近衛兵として」
胸に手を当てて語るティナの姿は、本物の聖女に見えた。彼女は誰よりもヨナウスのことを考えている。寄り添って、守って、共に生きようとしている。
でもなぜだろう。命を助けられたのは確かだ。けど、それだけでここまでするのだろうか。
ヨナウス自身が歪んでいるなら、それに寄り添う彼女も同じように歪んでいるのではないだろうか。
「あなたは……なぜヨナウスにそうも尽くせるの?」
「わたしも国から追われる身で、ヨナ様と同じです。だからお互い協力して生きないといけない。それに、元々は王族にお仕えするために軍へ志願したので、思っていた形と違っても王子様にお仕えできるのは幸せなことです。……いえ。違いますね。本当の理由は他にあります」
少し頬を赤くして微笑む彼女を見て、悟った。
幼い子を教え導くとかの、高潔な使命感じゃない。ひどく個人的で、わかりやすい感情だ。
彼女は恋をしている。
わたしと同じだな。
「ねえ。もうひとつ教えて。もしヨナウスがあなたの心に気づいて、求めてきたらどうするの?」
「もしそうなら嬉しいですね。アンリさんやゾーラさんからは文句を言われるでしょうけど。こんなに名誉なことはない。けれど、今は受け入れません。彼は幼い。人を好きになるには早い。だから、もう少し待ってもらいます」
「出来るの?」
「やります。それが、王族に愛されて、愛するということです」
そう語って笑顔を見せるティナは、とても美しかった。
「そう。あなたは大人ですね」
「カレンさんより少しだけ年上です」
「少しだけね。でも良かった。あなたのこと、わかったから」
ヨナウスのことは、正直まだ警戒している。けれど近くにいる彼女は信頼できる。決して悪人ではないし、彼女のなかでしっかりと考え方が定まって行動している。
木の枝で人を殺せる力を持った少年を導く。少年から向けられた愛にも、正しく対処する。それだけの覚悟が出来ている。
ただ、愛しているから。




