6-22.ティナとカレン
民家の中には子供サイズの服もあった。ティナという女は躊躇いなく、これをハレハという少女に渡した。
本来の持ち主の許可を取っていない。というか、この家を使うこと自体勝手にやっている。持ち主は亡くなっているらしいし、実際誰にも咎められていないのだけど、カレンにとっては常識外の行為だった。
そのティナに言われて仕方なく、カレンはハレハをベッドに寝かせて体を見た。命に関わるような大きな怪我はないけれど、虐待の跡はあちこちにあった。
殴ったり強い力で腕や足を掴まれて痣になった箇所が数え切れないくらいにある。背中には鞭で打たれたかのような細長い傷や腫れ。切り傷もあちこちにある。
森の中を裸足で逃げたのだろう。地面の草や石による切り傷で、足裏は血だらけだった。
「ひどい。どうしてこんなことに」
「……」
カレンの独り言に、少女は答えなかった。返事をしてくれる人がいないことに居心地の悪さを覚えながら、カレンは少女に治癒魔法をかける。人の傷を癒やすありがたい魔法。
彼女はこれのおかげで教会の司教の養子となり、貴族の仲間入りを果たした。信徒たちに祝福をほどこす聖女として、将来が保証されている。
ハレハの傷が消えていく。痛みも治まるだろう。けれど彼女はなんの反応も示さなかった。
この部屋にティナの姿はない。治療は任せますと言ったきり、部屋から出てしまった。何をしてるのかは知らない。知らない少女とふたりきりで取り残されるのが気まずかった。
どうしてこんなことになったのだろう。
大好きなレダウスが、家族に振りかかった不幸をものともせずに、自分の将来を見据えて旅に出る。それに同行を申し出るのに躊躇いはなかった。
平穏な旅になるはずだったし、実際目的地に着くまではそうだった。男の子と同じ部屋で寝るという初めての経験はドキドキしたけど、レダウスもラルフもクリスも紳士だ。何事もなく終わって次第に慣れていった。
あの子供が。死んだはずのヨナウスが現れたことで全て変わってしまった。なんでこんなことに。レダウスは前線を見るだけと言っていたのに、前線に突っ込むことになるなんて。
しかもレダウスが、自分を刺すほどまでに憎んでいるヨナウスに、だんだん絆されているのが気に食わなかった。
ヨナウスは確かに強い。魔物と戦って勝っている。怯えるだけのこちらとは違う。格の違いを見せつけられた気分だ。
だから許せなかった。ヨナウスも、その仲間も。不甲斐ない自分も。全部許せない。
今もそう。知らない少女の治療のために、レダウスたちと離されてひとりにされた。理屈はわかる。心に深い傷を負った裸の少女を慰めるのに、男性がいたら怖がらせる。自身の異能は使うべき。
わかっていて、反論を許されず、自分やレダウスじゃない誰かの指図で動かされている。レダウスもそれを了承している。
ままならない状態が気に食わなかった。
それでもハレハを不憫には思うから治療を続けた。傷も痣もだいぶ消えた頃。
「お待たせしましたー。食事にしませんか、ハレハさん。お腹すいたでしょう?」
優しい笑みと口調。手にはお盆。簡単なものだけれど、数人分の食事が用意されていた。
「こういう村ですから、凝ったものは作れませんけれど。時間があれば美味しいパンも焼けたのですけれど、それは夜のお楽しみということで。ふふっ。今仕込んでいる所なんです。あ、カレンさんもどうぞ。一緒に食べましょう。色々あって疲れているでしょう?」
「え、ええ……」
出された食事を受け取る。ハレハの前にも出されたけれど、彼女は手をつけようとしなかった。ティナは気にする様子もない。
「こういう時、空腹だと何もうまく行きませんから。ハレハさんに何があったのか教えてほしいですけど、まずは腹ごしらえです」
そう語るティナの表情は、まるで慈母のような美しさに見えた。善意のみで人に接している。
カレンはこの顔をたくさん見てきた。教会の聖職者たちと同じだ。
けれど聖職者たちの中には、立場を利用して己の欲望を満たす行いをする者も多い。神に仕えて清貧を尊ぶべきなのに、宗教組織の上部にいる者ほど贅沢な暮らしをして欲にまみれている。
カレンを引き取った司教やカレン自身が貴族なのが、その証拠だ。
ティナだって何らかの打算があるのかも。カレンにはそう思えてならなかった。少なくとも、悪を全くなせない善意だけの人ではない。魔物を相手に剣を振るえる人間だ。オーガの心臓を迷いなく刺せる残虐さを持っている。
何より、兄をふたりも殺せる残酷な人間であるヨナウスに、優しく接している。優しさと残酷性をどう両立させているのか、カレンには理解できなかった。
慈母のような笑みが恐ろしかった。
ティナに話しかけられたハレハは、ベッドの上に座ってちらりとそちらを見た。けれどすぐに俯いた。
「いらない」
「そうですか? でも、お腹すきましたよね?」
「すいているけど、いらない。もう嫌。なにもしたくない。このまま死にたい」
「そうですかー」
ハレハは何かに強く絶望している。生きる気力も失っている。
死にたいと言う信者がいた時、聖職者は必死で止める。それはいけません。死ぬのは良くないことです。神に失望され、地獄に落ちますと。
決して「そうですか」とは言わない。




