6-21.半年前の行方不明者
ティナたちに付き添われてやってきた女は、想像していたより幼かった。僕より年下に見える。ゾーラのローブを着せられているけれど、その下は裸らしいから、あまりジロジロ見るわけにはいかないな。
「全身傷だらけでした。オーガから逃げる時に負った傷だと思います。カレンさんに治療させるべきかと」
「そんなに怪我の具合がひどいの?」
「動けなくなる程のものではないですが、小さな子には辛いでしょうし。なにかとてもショックなことがあった様子です。体の痛みだけは取り除いてあげたいです」
ショックなことか。確かに彼女は、茫然自失としていて話すこともできない様子。絶望に満たされた顔をしているし、目にも光がない。
生まれ育った村が壊滅して、恐ろしい怪物に連れ去られそうになった。それだけで、幼い心には重すぎる出来事。
でも、なんで裸なんだろう。オークたちがそういう理由で女を連れ去ることはあるかもしれない。けど、連れ去りながら服を剥ぐのは、なんか変な気がする。
「お、おお! ハレハ! ハレハじゃないか! 何があった!?」
村に戻ると、生存者の老人が少女を見て声をあげた。とりあえず名前はわかった。村人らしいことも。
しかし。
「彼女をご存知なのですか?」
「はい。半年ほど前に、村の娘たちが何人もいなくなったことがありまして。そのひとりです。みんな心配していて。本当によかった……」
「半年前?」
さっき連れ去られたのではなくて?
とにかく、名前を呼ばれたハレハという少女は、老人の方を向いた。その向こうには襲撃の犠牲者となった遺体が並べてあって。
それを見た彼女は目を見開いた。
「お父さん! お母さん! お兄ちゃんっ!」
ローブがはだけるのも構わず、遺体の方に駆け寄る。家族のものだったか。物言わぬ肉の塊になってしまった母にすがりついた。
「ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! わたしのせいなの! わたしが逃げたから!」
そこから先は泣き声になって、何を言っているのかわからなかった。
「事情を聞かなきゃいけないね」
「わたしがやりましょうか?」
「うん。お願い。あとカレンの異能もいるよね」
「わかりました。話してきます」
ティナはカレンの方へ行き、次にハレハの側に行って声をかけた。家族の遺体からなかなか離れようとしない彼女をなだめて、壊れた民家の無事な部屋の中に連れて行く。服も着せなきゃいけないものね。
いつの間にか町の兵士も来ていたようだ。周囲の警戒や被害状況の確認は彼らに任せて、僕たちは休ませてもらおう。
「ヨナウスは」
ふと、レダウスが近くに来て声をかけた。後ろにはクリストンもいる。誇り高き騎士の息子はこちらに警戒も敵意も向けていなかった。レダウスと同じ、少しの困惑が見て取れた。
「いつもこんな戦いをしているのか?」
「いつもでないけれど、何度もやってきた。あれより大きな魔物とも戦った。王都に出たドラゴンとか。ガリエル領で遭遇した巨大なサハギンとか」
「サハギン? 知らないことばかりだな。国の中のことを、俺は何も知らない」
「知るために、こうやって旅をしているのでしょう?」
「その通りだ。魔物と戦う者を、俺は尊敬している。もっと近くで見たいと思っていた。その気持ちは、今もっと大きくなっている。そしてヨナウス、お前もだ。お前も尊敬している」
「尊敬?」
「ああ。あの小さな……頼りなかったヨナウスが、俺が愚かにも見くびっていたヨナウスが、強い魔物にも果敢に立ち向かうようになっていた」
「別にすごいことじゃないよ。僕にとって必要だから、やってきただけ」
「それでもお前は偉大だ。俺の誇りの弟だ。昨日、王の器の話をしていたな。勇敢さという意味では、俺はヨナウスが兄弟の誰よりも相応しいと思う」
「……そっか」
あれだけ憎んでいた実の兄に、こう言われる日が来るなんてね。
戸惑いはある。きょうだいは今も憎しみの対象だ。父も許す気はない。
けれどレダウスに嫌な感情を抱くこともなかった。
たとえ彼の称賛が、何も知らない無責任なものだったとしても。
「俺から見て、今のヨナウスは本当に立派だ。伝説の中の英雄に思えた。異能のおかげでそう見えたんじゃない。魔物に立ち向かう姿が、まるで本物のジェイザックのようだった。きっと、俺の知らない所で何人もの人を救ってきたんだろう」
「そこまでよ。褒められすぎて、ヨナくん困ってるじゃない」
ゾーラが背後から僕に寄り添い、前に手を回して抱きしめながらレダウスを止めた。胸の柔らかい感触がする。止めてくれるのは嬉しいけど。
「戦うって、格好いいことばかりじゃないのよ。ヨナくんあっち行きましょう。家が壊れたから、中に潜んでいたネズミやらトカゲやらが外に逃げたらしいの。キアが捕まえて焼いてるのよ」
「あー。いつものことだね」
「弱ってる村人たちに食事をさせて元気にするって言って、振る舞うつもりなのよ」
「それはまずい。止めないと。レダウス、また後で」
「あ、ああ。困らせたなら済まない。けどヨナウス、これだけ言わせてくれ! お前は本当に格好良かった! 兄として誇りに思う!」
心からの称賛の声を背中に受けながら、キアの方へ行く。いや、背中にはゾーラがいるし、歩いてる間も抱きついたままだった。
意図はわかるとも。
「ありがとう、ゾーラ」
「どういたしまして。あの王子様も無神経よね。みんなを救ってきたなんて。格好いいことばかりじゃないのに」
「うん。救えなかった人もいる」
レダウスと話している間、ずっとソフィの顔がちらついていた。彼女と歳の近い女の子が悲惨な目に遭っていたのを見たばかりなのもあるだろう。
「まあでも、あなたがそれ以上に多くの人を助けてきたのも事実よ。だから王子様の言うことも間違いではない」
「うん。わかってる。それに。その」
「なあに?」
「レダウスに格好いいと言われて、ちょっと嬉しかった」
「そう。よかったわね。兄に褒めれるのは新鮮?」
「うん」
悪い気はしないな。そう思っているのが、自分でも驚きだった。




